通勤型車両なのに男性用トイレと展望席…京急が新型車両に“凝った”ワケとは

東京と三浦半島、羽田空港を結ぶ京浜急行電鉄が20日、トイレや自動回転式の座席を備えた新型車両の運行を今春から始めると発表した。通勤型車両には珍しく、新幹線や一部の特急用車両にしかない男性用トイレ(小便器)が備えられている。聞けば、運転席の後ろに「展望席」まで用意した意欲作。塗装の必要がないステンレス車両にもかかわらず、「京急らしさ」を保つため、わざわざ車体全体に塗装を施す力の入れようだ。車両番号の付け方も改められ、京急のニューフェイスはこれまでの車両とは一線を画する“あつらえ”でお目見えする。

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今年春から順次営業運転を開始する新型車両のイメージ(右)と製作中の車両(京浜急行電鉄提供)

4両編成のうち2両にトイレ

「トイレを付けないとダメなのかといわれると、当社はそこまで距離が長いわけではありません」

京急の始発駅は東京・泉岳寺。終点の三崎口までは約65キロ、快特で1時間10分ほどだ。京急の広報担当者が言うように、トイレは必要不可欠な設備ではなく、今回の新型車両で初めて設けられた。最も速い種別の快特は日中10分間隔で運行されており、途中駅で電車から降りて駅構内のトイレで用を足しても、10分後には後続の快特に乗ることができる。京急だけでなく、首都圏の私鉄は高頻度で運転されており、私鉄の通勤型車両といえば、トイレはないというのが“常識”だった。

製作中の男性用トイレ。通勤型車両では珍しい設備となる(京浜急行電鉄提供)

実は、車両にトイレを設置するのは容易なことではない。トイレのスペースを確保するため車両の定員が減ってしまうという問題もあるが、何より、車両のタンクにたまった汚水を抜き取る施設が必要になる。小田急電鉄や東武鉄道のように、もともとトイレの付いた有料特急列車が走っている私鉄路線ならいざしらず、京急のように初めてトイレ付きの車両を導入する場合は、タンクに溜まった汚水を抜き取る施設も整備しなければならないのだ。

京急は今回の新型車両導入にあたり、金沢文庫(横浜市金沢区)と京急久里浜(神奈川県横須賀市)にある車両基地で汚水を抜き取る施設を整備しているという。

製作中のバリアフリー対応トイレ(京浜急行電鉄提供)

新型車両は「1000形」という形式で、4両編成が2本、計8両製造される。2号車にバリアフリーに対応した洋式トイレを設置し、隣の3号車に男性用トイレが設けられた。有料の特急用車両でも男性用トイレがないことは珍しくない。まして、特別料金不要の通勤型車両で男性用トイレが設置されるのだから、特筆すべきことだろう。4両編成の半分にあたる2両にトイレがあるというのも驚きだ。

「当社ではビール列車などのイベント列車、貸し切り列車を走らせています。イベント列車ではトイレが付いていたほうが良いということで設置しました」と担当者。新型車両はこうしたイベント列車での使用も想定している。確かに、臨時運転のイベント列車では、途中駅で下車して用を足すのは難しいかもしれない。ビール列車であれば、なおのこと。トイレが複数設けられたのもうなずける。

座席も一般的な通勤型車両とは大きく異なっている。

通常は、線路と同じ方向に長いすが並ぶ「ロングシート」、座席指定列車で運行するときは進行方向に向いて座れる2人がけの「クロスシート」に転換するという「自動回転式シート」を備えている。

「当社では初めてですが、L/Cカーは他社さんも、ほぼ導入しています」と担当者。「L/Cカー」とは聞きなれない言葉だが、ロングシートにもクロスシートにもなる「デュアルシート」を備えた車両を指すようだ。ロングとクロスの頭文字を取って、こう呼ばれているらしい。関西の近畿日本鉄道(近鉄)では1996年に登場しており、すでに四半世紀の歴史がある。

クロスシートに切り替えられた自動回転式座席のイメージ(京浜急行電鉄提供)

自動回転式のデュアルシートを備えた車両は近年、関東でも座席定員制・指定制の「ライナー」向けとして導入が進んでおり、東武東上線の「TJライナー」をはじめ、横浜高速鉄道みなとみらい線から東急東横線、東京メトロ副都心線、西武池袋線などを直通する「S-TRAIN」のほか、最近では東武伊勢崎線・東京メトロ日比谷線直通の「THライナー」でも採用されている。

京急で導入される自動回転式の座席は、新型コロナウイルスなどに対する抗ウイルス効果が確認されたシート地を採用。「ウィズコロナ」時代に合った安心な車両になっているという。

有料列車「ウィング号」での運行は?

新型車両は全座席にコンセントが設置されているほか、各車両に防犯カメラも付いている。設備面だけみれば、有料の座席指定列車「モーニング・ウィング号」や「イブニング・ウィング号」での運用を念頭に置いた“豪華”仕様といえるが、「ウィング(号)で使っている2100形より座席定員数が少ないため」(京急)、デビュー後すぐにウィング号の運用に就くことは難しいようだ。

クロスシートに切り替えられた製作中の自動回転式座席(京浜急行電鉄提供)

現在、ウィング号で使われている2100形は、京急のフラッグシップ。全席クロスシートの2ドアの車両で、日中は特別料金不要の快特や特急の運用もこなす。これに対し、新型車両の1000形は3ドア。ドアが多い分、2100形より座席が少なくなっている。座席指定券は現在、2100形の定員に合わせて発券されているため、2100形のピンチヒッターとしてデビュー直後の登板は難しいのだという。

ただ、座席の幅は2100形より10ミリ広くなり、京急の車両では最も広い座席に。将来、有料のウィング号の運用に就くことになっても、十分に「乗り得」の車両といえる。

ちなみに、2100形に今後、トイレが設置される可能性はあるのか。京急は「2100形を改造してトイレを付けるということは考えていないが、利用者のニーズ、(新型車両のトイレの)利用頻度から需要があれば、検討していきたい」としている。

ロングシートに切り替えられた製作中の自動回転式座席(京浜急行電鉄提供)

新型車両で注目したいのが「展望席」の存在。担当者は「運転席の後ろに、運転席の方を向いた座席を復活させました。これを展望席と呼んでいます」と誇らしげだ。2007年に新造された車両から、クロスシートのこの展望席は廃止されていたが、今回の新型車両で復活。2人がけの座席で前面展望が楽しめるようになるという。

「京急らしさが失われている」

車両の設備だけでなく、外観にもこだわりが。新型車両はステンレス製。本来は塗装しなくてもよいのだが、銀色のままでは「京急らしさが失われている」(担当者)ということで、あえてイメージカラーの赤と白で塗装。しかも、銀色が見えないように車体全面に塗装を施したという。

ロングシートに切り替えられた自動回転式座席のイメージ(京浜急行電鉄提供)

ステンレス製もアルミ製も、鋼製車両に比べ軽量化を図れるという点では共通している。ステンレス製だと塗装の必要がなく、それだけコストを抑えることができるという特徴もある。多くの私鉄やJRでは、銀色のステンレス車体にラインカラーの帯をまとわせている。日本初のステンレス車両、東急5200系に至ってはラインカラーが配されることもなく、まさに銀一色だった。

コストだけでなく、保守面でも塗装しない方がメリットがあるはず。それでもなお、京急が全塗装を施したのは、「当社のイメージとして銀色よりも、赤と白の方が京急らしさがある」(担当者)からだった。関西で阪急電鉄が「阪急マルーン」と呼ばれるこげ茶色の塗装を続けているように、イメージ戦略の一環でもあるようだ。

実は、今回の1000形車両(1次車)のデビューは2002年と、20年近く前にさかのぼる。当初はアルミ製だったが、途中からステンレス製になり、車体の一部に赤と白のカラーフィルムを貼り付けた。この銀色時代がしばらく続き、約2年前から全面塗装に回帰したという。

「(ステンレス車体の)全面にシール(ラッピング)を貼った車両もあるのですが、塗ったほうが早いということで今回の新型車両では塗装になりました」

京急の沿線住民や京急ファンらからも「京急らしさ」を求める声があったようで、京急も試行錯誤を繰り返してきたことがうかがえる。

複雑すぎる1000形…新型車両の目印は“-”

ここからは少し専門的な話になるが、今年春から運行を始める新型車両の1000形は「1800番台」に区分される車両で、先頭車前面の貫通扉が車体中央に寄せられ、貫通路として使用できるようになった仕様。1800番台は2015年から存在しているが、今回から車両番号の付け方が変わり、通し番号から「ハイフン式」になったという。「1891-1」「1891-4」「1892-1」といった具合に、車両番号にハイフンが入っている。

全面高架化前の京急蒲田駅付近を走行する京急の600形。新型車両と同様、車両形式にハイフンが入っている=2010年5月(SankeiBiz編集部)

ハイフンが付いたのには、理由があった。担当者はこう説明する。

当社にはもともと(1959年に登場した初代)1000形がありました。今の1000形は2代目で、登場当初は『新1000形』と呼ばれていました。旧1000形と同じ番号がかぶってしまってはいけませんので、旧1000形が廃車になると、廃車で空いた番号に新1000形の番号を振っていました。

当社では1000形のほかに1500形もあり、(1000形では)車両番号に1500台、1600台、1700台、1900台が使えません。相互乗り入れしている鉄道会社で番号の割り当てが決まっていて、乗り入れ先の京成電鉄さんや都営地下鉄さんなどが運行している(車両の形式と重複する)3000台、4000台などの番号も使えません。通し番号では使える番号がなくなってしまいますので、ハイフン式としたのです。

なかなかに複雑で、車両番号の世界は奥が深い。素人には理解の及ばない領域だが、1000形のバージョンが増えたため、車両形式を示す「1000」台の数字で区分することが難しくなっている、ということか。

新型車両は4両編成なので、各車両番号のハイフンの後に1から4いずれかの数字が続く。京急で車両形式にハイフンが入るのは1994年に登場した600形(3代目)以来という。

特徴的な座席なので一目瞭然だろうが、車両番号が1891か1892で、ハイフンの後に1~4の数字が振ってあれば、それは紛うことなき新型。トイレも展望席もあって、座席も広い。春以降、京急線でめぐりあえたら、「今日は運がいいな」とちょっぴり幸せな気分になれる車両かもしれない。

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