話の肖像画

    評論家・石平(26)大切にしてほしい「日本人の精神」

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    《古来日本人が築いてきた精神や伝統に魅せられている。著作も多く、知識と理解は生まれながらの日本人以上だ》

    日本は先の大戦に敗れ、GHQ(連合国軍総司令部)の占領政策によって、それまで築いてきた精神や伝統をことごとく否定されてしまいます。

    例えば、明治天皇による「教育勅語(ちょくご)」。そこにあるのは普遍的で、ごくごく当然のことです。親への孝行や夫婦円満に暮らすこと、人への慈愛や学問に励むこと…それらが世のためになる、と書かれているのです。これのどこがいけないのか? 今の世の中にも通じるというか、今こそ大切にすべき価値観ではないでしょうか?

    親しくさせていただいていた渡部昇一(わたなべ・しょういち)先生(上智大学名誉教授、1930~2017年)はこう言われました。教育勅語を否定するのであれば、「夫婦和合」も否定するのか? とね。明治帝の勅語だからいけないとでも言うのでしょうか? GHQの占領政策が終わって70年近くもたったのに、まだそれに縛られるのでしょうか?

    その最たるものが、占領中に〝押し付けられた〟日本国憲法でしょう。自民党は憲法の改正を党是として、1955(昭和30)年に結党されたはずです。ところが今にいたっても、改正は実現していません。

    日本の政治の怠慢です。もっといえば、日本国民は思考停止状態に陥っていると言わざるを得ませんね。

    《日本人の精神の根幹をなす「武士道精神」。それを具現化させた、歴史上の人物として西郷隆盛を挙げる》

    神戸大学大学院に在籍中、司馬遼太郎さんの小説をむさぼるように読んで、日本人の精神に触れたことは述べました。多くの日本人の生き方の中で、僕がもっとも魅力を感じたのが、明治維新の元勲、西郷隆盛です。彼ほど、武士道精神を貫いた人物もいないでしょう。

    あれほどの仕事をし、高い地位に上りつめた人間がカネには無頓着で、清貧な生活をした。私利私欲がまったくなく、卑怯(ひきょう)な振る舞いをしない。自分を慕う若い(元)武士たちの心に寄り添い、自分を犠牲にして潔く死んでゆく。西郷ほどの戦略性や大局観をもってすれば、もっと違う道があったかもしれないのに、ですよ。人間の精神が到達できる、最高の高みでしょう。感動しましたね。

    西郷の漢詩を見たことがありますが、実にすばらしい。彼は論語などの教養においても優れていました。中国にこんな高潔な人物はいません(苦笑)。

    南北朝時代に南朝方として戦った楠木正成(くすのき・まさしげ)も、ある意味では西郷と似ています。

    楠木の戦略性の高さは西郷に勝るとも劣らない。本気で戦えばこんな強い武将はいません。ところが最後は、最初から「負けると分かっていた」戦いに挑んで潔く死んでゆきます。(楠木が仕えた)後醍醐天皇は負けると思っていなかったかもしれませんが、楠木には敗戦が見えていた。それでもなお、自分が信じる道、大義のために戦ったのです。この点でも西郷に似ていると思いますね。こうした生き方も中国にはありません。

    僕が集めていた司馬さんの小説などは、1995(平成7)年の阪神大震災で被災し、住んでいた文化住宅が半壊したとき、泣く泣く捨てざるを得ませんでした。返す返す、残念でなりませんよ。(聞き手 喜多由浩)

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