台湾海峡をめぐる米国と中国との緊張が長期化する見通しの中、中国は日本に対しても台湾問題に深入りしないよう軍事的に威嚇している。10月に中露海軍の艦艇計10隻が日本列島を周回した際、中国の官製メディアはこうした軍事作戦の常態化を宣言した。日本の有識者の間では、海上自衛隊艦艇も台湾海峡を通過すべきだとの主張のほか、日本が領海を〝放棄〟している津軽海峡など5つの特定海域の見直しを求める声もある。
中露の艦隊は10月18日に津軽海峡を通過し太平洋に出て、同22日には鹿児島県沖の大隅海峡を通って東シナ海に入った。この際、日本の排他的経済水域(EEZ)を通過しており、中国国防省は「国際法の関連規定を厳格に順守した」と強調した。実際、1982年に採択された国連海洋法条約は、EEZについて公海と同じ「航行・飛行の自由」を認めている。
一方で中国は、台湾海峡のEEZを米軍などの外国軍艦が通過することに対して「挑発」「内政干渉」などと非難してきた。国際法上、ダブルスタンダード(二重基準)を使い分けている形だが、海自艦艇は政治的配慮から台湾海峡を通過していない。
「日本側が台湾海峡を通らないことのほうが問題だ。行動しないということは国際法上、相手の言い分を認めたことになる」と指摘するのは海上自衛隊で自衛艦隊司令官を務めた香田洋二元海将だ。海自艦艇による台湾海峡の通過こそが日本の現実的対応であり、「日本は海洋国として国際法を機能させるためにもやらないといけない」と訴える。
中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は社説で、台湾海峡が「政治・軍事的に世界で最も緊張している地域の一つ」であり津軽海峡とは異なると主張。米国とその同盟国の軍艦が台湾海峡を通過しているのは中国大陸に向けた「示威」であり、中露艦隊の「無害通航」とは違って「有害」だと強弁した。
しかし国連海洋法条約上、沿岸国の「平和、秩序または安全」を害しない「無害通航」は、外国船舶が領海を通過する際の条件であり、公海に準ずるEEZの通過には無関係だ。台湾海峡など自国EEZにおける外国軍艦の航行の自由を認めず、「無害通航」を条件としたい中国独自の思惑が背景にあるようだ。
また環球時報(電子版)の論評は、中露艦隊の航行が「日本を極めて大きく震撼(しんかん)させた」と存在を誇示しつつ、「こうした震撼は始まりにすぎない」として中露艦隊による「合同巡視航行」の常態化を宣言。今後、中露爆撃機による合同飛行との連携もあり得ると書いている。
東海大の山田吉彦教授(海洋安全保障)は「仮想敵国ともいえる国が目先の海を通過していく異常事態だ」と指摘。「日本の弱点を突いてプレッシャーをかけている。こうした示威行動を制約させるためにも、特定海域を領海にして守るべきだ」と主張する。
山田教授のいう「弱点」とは、日本が領海法で「特定海域」に指定している津軽や大隅などの5海峡だ。領海を通常の12カイリよりも狭い3カイリに制限し、海峡の中間部分を領海ではなくEEZにして各国に航行・飛行の自由を認めている。各国の商船などの自由な航行を保障することが「総合的国益の観点から不可欠」だというのが日本政府の公式見解だ。ただ実際は、これらの海峡を領海化した場合に核兵器を搭載した他国軍艦艇の領海通過を認めざるを得なくなり、日本の「非核三原則」に抵触するためとされる。
日本が特定海域を領海化すると、各国船舶には「無害通航権」ではなく、より航行・飛行の制限が緩い「通過通航権」が与えられる。国連海洋法条約は領海に覆われた「国際航行に使用されている海峡」で通過通航権の行使を認めており、5海峡はいずれも該当するためだ。
いずれにしろ各国船舶は、EEZで認められていた示威行為や軍事目的調査などはできなくなり、日本の権利は強化される。
ただし通過通航権は海峡全域に適用されるため、これまで制限の強い「無害通航権」だけが認められていた沿岸3カイリ以内の海域でも、潜水艦の潜没航行や軍用機の飛行が認められることになってしまう。また「わが国の主権を守る強制力が伴わなければ『有言不実行』となり国威が失墜する」(香田氏)リスクもある。しかし山田教授は「領海を主張しないほうが、通過通航権が行使されるデメリットよりもはるかに危険だ」と指摘する。(西見由章)