英北部グラスゴーで13日まで開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)。脱炭素に向けた日本の取り組みを紹介するパビリオンで、白い風車の模型が来場者らの関心を集めていた。模型は、海に浮かべる「浮体式」の洋上風力発電施設。世界屈指の技術で起き上がり小法師のようにバランスを取り、日本を襲う台風にも耐えられる。
その実物が長崎県・五島列島沖、福江島の崎山漁港から東に5キロの所にある。海中部分を含め全長は約170メートル。紺碧(こんぺき)の海でゆっくりと羽を動かす姿は島民にも親しまれ、幸せを運ぶと伝わる「はえんかぜ」(「南東の風」を指す方言)と名付けられている。
はえんかぜは平成28年、浮体式洋上風力発電設備では国内で初めて実用化された。洋上風力を含む五島市の再生可能エネルギー自給率は令和2年度末で56%。五島は再エネ先進地として知られつつある。
きっかけは平成22年度からの環境省の実証事業だ。受託した戸田建設が、風況がよく、海底地形なども適した五島を実証地として選んだ。実証で環境への影響が少ないことを確認し、現在は戸田建設を代表とする企業体が運営している。
当初、地元では漁業への影響を懸念する声も出た。しかし浮体が魚礁代わりになり、むしろ大量の魚が集まった。近隣の漁獲量への影響は検証中だが、「海洋牧場」にできるのでは、との期待もある。
今後さらに同規模の風力発電施設を8基設置し、ウインドファームとして一体で運営する。実現すれば市の自給率は80%程度に上る見込みだ。小さな島には、すでに国内外の605団体、7500人以上が視察に訪れた。
戸田建設浮体式洋上風力発電事業部の佐藤郁事業部長(54)は「五島で電気は買うものだったが、将来的には売るものになる。日本もそうなっていく」と将来像を描く。
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世界にとって脱炭素化は喫緊の課題だ。COP26は「石炭火力の段階的削減に向けた努力を加速する」との成果文書を採択。2030年以降も火力を使い続けようとする日本などには厳しい視線が向けられた。
政府は10月に改訂した中長期的な政策指針「エネルギー基本計画」で、30年度の再生可能エネルギーの電源構成を現状の約2倍に当たる36~38%まで拡大する目標を掲げる。こうした中、再エネ主力電源化の「切り札」と位置付けられているのが洋上風力だ。政府は40年までに、大型火力発電所30~45基分に当たる最大3千万~4500万キロワットの導入を目指す。
洋上風力は、昼夜問わず発電でき、陸上風力より発電効率が優れる。日本は排他的経済水域(EEZ)が世界6位で、導入余地も大きい。また、海底に固定する「着床式」に適した遠浅の海が少ないことから、浮体式への期待が高い。
環境省によると、洋上風力の導入ポテンシャルは、浮体式と着床式合わせて年間発電量約3兆5000億キロワット時に上り、令和元年度の電力消費量の3倍以上に相当する。
加えて、風力発電は部品の多さから関係産業への波及効果も大きいと目される。国は今年6月のグリーン成長戦略で「供給網を形成して競争力を高める」と同時に、「将来的に市場拡大が見込まれるアジアへの展開を目指すことが重要だ」と位置付けた。
ただ、まだ前例が少ないので事業者が単体で着手するには負担が大きい。国は平成31年までに、海や港を事業者が利用しやすくする法整備を相次いで実施。五島に続き、千葉県沖や秋田県沖など5カ所が促進地域に指定され、施設設置へ準備が進む。ほかに海底送電線や環境調査の在り方の検討なども国が実施しており、徐々に環境が整えられている。
国の野心的な目標に近づくには、各地での実績が重要だ。自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長は、五島に関し「日本初の事例にもかかわらず地域で受け入れられている。地域共生の観点から好例だ」とみる。
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実際、再エネの利活用は五島の地域経済の活性化にも寄与している。
「大企業の方が敏感だ。後れを取らず始めましょう」。福江商工会議所の清瀧誠司会頭(81)は会員企業に繰り返し呼び掛けてきた。地元の零細企業こそ、再エネ利用で先手を打つ必要があると考える。環境配慮型の融資や炭素税の議論が一層活発になれば、島外の大企業と、再エネの取り合いになると危惧するからだ。
はえんかぜの実証を機に市では再エネ基本構想が策定され、再エネ活用の機運が官民で高まった。清瀧会頭らは30年、地元企業や有志が出資する新電力会社「五島市民電力」を設立。発電事業者から島内産の再エネ電力を仕入れて販売している。
今年9月には、再エネ活用の目標を掲げる国際的な企業の取り組み「RE100」に見立てた「五島版RE100」の取り組みを、商工会議所で開始。五島産の電力を使用する16事業者を認定した。
水産加工会社「しまおう」はそのひとつだ。電力の地産地消は「付加価値になる」との清瀧会頭の言葉に共感し、地元食材を使ったすり身の商品カードで「電力まで五島産」とPRする。客やバイヤーからの反応は上々だ。
元の契約先の九州電力には値下げを打診されたが、山本善英社長(51)は「ただでさえ島は人口が減っている。資金を島外に流すより地元の市民電力に循環させた方がいい」と考えた。市民電力の収益は、地元の農地再生などに生かされている。
このほか建設予定のウインドファームでは、浮体のコンクリート部分や鋼部分を地元企業が製造を担当する予定。風車のメンテナンスは市内の企業が請け負っている。市の担当者は「再エネが五島の産業育成にもつながりつつある」と話す。日本の目指す姿は、五島のこれからと似ている。
戸田建設の佐藤事業部長は語る。「洋上風力は自動車産業に次ぐ大きな産業にできる可能性がある。環境の厳しい五島でもできた。技術は確立されている」
(経済部 加藤園子)