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言語・仕事・学校…ウクライナ人家族、不安抱え日本での避難生活

ロシア軍による侵攻が続くウクライナを逃れた親子が3月下旬、親族を頼って日本に避難した。長期滞在の覚悟を決め、住居などの準備を進めるが、生活費を含め日本側の支援に期待する部分が大きい。言葉の壁も立ちはだかり、仕事や学校などの不安を抱える中、新しい国での生活で心の平穏を取り戻しつつある。(荒船清太、内田優作)

ウクライナから避難した(左から)コーベルデューク・ミハイルさん、娘のソフィアさん、妻のナタリヤさん。右端はナタリヤさんの妹、インナさん=11日午後、東京都中央区(内田優作撮影)
ウクライナから避難した(左から)コーベルデューク・ミハイルさん、娘のソフィアさん、妻のナタリヤさん。右端はナタリヤさんの妹、インナさん=11日午後、東京都中央区(内田優作撮影)

《ありがとう》《助けてください》-。東京都内で避難生活を送るコーベルデューク・ミハイルさん(38)、妻のナタリヤさん(40)、娘のソフィアさん(13)の一家の日々は、簡単な日本語をノートに書き取る反復学習で始まる。

3月20日に日本に到着して約3週間。最大の不安は言葉の壁だが、在日大使館から与えられた自動翻訳機は1台のみ。ナタリヤさんの妹、レヴチク・インナさん(36)を先生役に、あいさつやお礼のほか、買い物時に使う野菜、果物の種類など必要最低限の言葉を身につけている。

散歩をしながら、周辺のスーパーや病院の場所を確かめ、桜も楽しんだ。箸も使い始めた。ミハイルさんはコンビニ店に並んだたばこの番号を覚え、日本語で買えるようになった。

ウクライナでは早朝から空襲警報が鳴り響き、緊張を強いられる日々が続いていた。3人は平和な日本での生活をかみしめ、口々に「ゆっくり寝られるよ」と語っているという。

×××

ナタリヤさんとソフィアさんが暮らしていたのは、ウクライナ南東部のクリヴィー・リフ。ゼレンスキー大統領の出身地として知られる工業都市だ。ロシア軍の侵攻後、断続的に空港などが攻撃され、1日に7回も地下壕に避難しなければならないこともあった。

ロシア・モスクワに出て運転手として働いていたミハイルさんが2人の身を案じ、インナさんの元へ移ることを決断。ナタリヤさんとソフィアさんは3月8日朝、重要書類や食料を詰めたリュック1個ずつを背負い、自宅を離れた。ペットのチワワ「タイソン」との別れはつらかった。

駅には同じような避難民が殺到し、列車に乗るまでに7時間ほど待たされた。爆撃の標的になるのを避けるため車内の明かりは消され、画面が光るスマートフォンを操作することもできない。近くで攻撃があると、しばしば停車した。


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