ぐらつき始めた公共交通 観光と一体化した「MaaS」に活路を

新型コロナウイルス感染症の猛威がおさまりつつある中、アメリカ、シンガポール、イギリスなど海外では外国人観光客の受け入れを始めている。日本も経済活動を活発化させるために、インバウンドを迎え入れる体制構築に力を注いでいく必要がある。しかし国内ではいま、観光客を地方に分散させるために必要な鉄道やバスなどの公共交通網がぐらついている。

観光客の導線を作るMaaSに地方の公共交通の活路を(Getty Images)※画像はイメージです

収支率が10%を切る路線も

1日の利用者が2000人を下回る路線の厳しい状況が浮き彫りに─。西日本旅客鉄道(JR西日本)が4月11日に「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」を公表し、テレビなどで大きく報道された。

2019年度の在来線線区別利用状況(西日本旅客鉄道提供)

収支率(その区間にかかる費用に対する収入の割合)が10%を切る路線も数多い。地域公共交通計画の策定など進め、鉄道のインフラ部分を自治体などが保有し、運行を鉄道会社が行うなどの鉄道の「上下分離方式」の導入などを検討したいとしている。

しかし仮にそうなったとしても、利用者をどう増やし、運行にかかる費用をどう捻出するかという問題についての打開策は見出せていない。

周知の通りだが、公共交通を便利で快適で持続可能なものにするためには、そのために必要な売上を伸ばし、設備投資をしていく必要がある。しかし、利用者をA地点からB地点まで運ぶシンプルなサービスゆえに、地域住民だけを見ていては少子高齢化による先細りは避けられない。

観光地が一体化する必要性

地域経済を活性化するための“頼みの綱”の一つとなるのが観光だ。特に外国人観光客は可能性を秘めており、いかに彼らに日本で消費してもらうか、そして都市部ではなく、地方へと分散してもらうかが非常に重要となる。

政府は観光先進国を目指して2030年までに訪日外国人観光客数を6000万人に、そしてその外国人旅行消費額を15兆円に伸ばしながら地方へ送客させようとしている。各都道府県も交流人口を増やす方向性はコロナ前後で変わらない。地方へ送客するためには、そのための移動手段が欠かせない。

個人旅行客の移動手段をめぐる議論はコロナ以前からテーマとして挙がっていたが、外出自粛で観光が止まっている間に先を見越して整備が進んだかというと、そこまで余力があったところは非常に少ない。

日本の観光スタイルといえば、これまでは大型観光バスを利用した団体ツアーを組んで旅行客を一度に送り込む旅行が主流だった。そのため個々のホテルや飲食店と旅行代理店などとの関係で成り立っていた。また、飛行機や新幹線といった大きな移動については注力されてきたが、観光地に着いてからのエリア内の移動は弱かった。その証拠に、ある大学の観光学部の教授によると、「ホテルマネジメントの専門家はいるが、観光と地域のモビリティサービスを研究する専門家は不在」だと話す。

団体ツアーの形態が一般的でなくなってから久しいが、その形から抜け出せず、同じエリアの観光地が一体となって個人旅行客に対して公共交通を考える機会は依然として少なく、議論するための体制も弱い傾向にある。

「観光MaaS」を介して相互の関係構築を

そんな中、観光客の移動手段の確保策として注目されているキーワードが「Mobility as a Service」、略して「MaaS」(マース)だ。エリア内にある交通機関が連携するサービスのことで、例えば個人旅行者が新幹線や飛行機で主要な駅まで移動した先のエリア内で連携のとれた移動手段を整備する手法の一つになるのではない期待が高まっている。

観光業界に先んじてMaaSに興味を持ったのは公共交通の業界だった。欧州で公共交通の政策として注目されたためだ。遅れて観光業界も「観光MaaS」に着目した格好だ。

ただ、MaaSが日本で検討され始めたのは2018年頃の話だが、4年が経ったいまも「これぞ」という成功事例がまだ創出されておらず、摸索中の事業者がほとんどだ。

なぜ成功事例が生まれにくいのか。

観光業界をよく知る専門家と、公共交通と観光業界の政策を担当した経験者と意見交換をする中で次のような課題が見えてきた。

まず、観光業界の関係者と公共交通の関係者の文化が異なる。観光関係者はマーケティングやセグメンテーションをしっかり行い、どのターゲットを顧客にするかという分析を行う習慣がある。

一方、公共交通ではマーケティングやセグメンテーション、ターゲティングなどという発想が弱い。運賃の上限が決まっており、乗車拒否はできない、安全対策への徹底が要求される─など規制が多いため、いかにたくさん乗せるかが重要になる。

そのため公共交通の担当者は、不特定多数の観光客に向けてサービスを作ってしまう。公共交通事業者が創るMaaSの多くは売上増につながるものが少なく、“もうからない”と言われてしまいがちだ。

観光関係者がMaaSなどのモビリティサービスを検討すると、これまで公共交通の業界と交流を持っていない人が多いため、業界のいろはが分からず、公共交通の事業者と関係構築ができずに喧嘩別れするケースもよく耳にする。

第三者として感じることは、両者の交流が予想以上に少ないことだ。しかし考え方を変えれば、マーケティングが上手く観光客のニーズを把握しやすい観光業界の関係者と、安全運行のスペシャリストである公共交通の関係者がタッグを組んで検討すれば、良きものが生まれそうであるとも言える。

観光客のニーズを捉えた柔軟なサービスが登場し、地域経済や公共交通を活性化してくれることを期待する。

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