渡海(とかい) 十六
元就(もとなり)の細面がかつてない険しさをやどしている。隆元、元春、隆景も、傍に、くる。
広き湾にのぞんだ全ての者が目をこらし村上水軍の動向を見極めんとしていた。
毛利の者も、右手――厳島(いつくしま)から出てきた陶(すえ)の船も、裏山に潜んだ地御前(じごぜん)の漁民も。
全き沈黙が、青き湾をつつんだ。
丸に上の旗を翻(ひるがえ)した海賊船どもは地御前にどんどん近づいてきて一斉に碇(いかり)を下ろした。そして使いがのっているらしい小早を一艘(そう)――こちらにおくってきた。
「加勢してくれるのかっ!」
元就が柄にもなく叫び、毛利勢は湾がしぶくほど強い怒濤(どとう)の歓声を上げている。隆元は目を潤ませ、元春が腹の底から咆(ほ)え、隆景は面を赤くして相好を崩す。
火立山(ほたてやま)の陣にて元就と対面した能島(のしま)の村上武吉(たけよし)は緋縅(ひおどし)の鎧(よろい)を、来(くる)島(しま)の村上通康(みちやす)は黒糸縅をまとっていたという。
二人ともかなり日焼けし、恐ろしく屈強である。若いながら村上水軍の総帥たる村上武吉は小柄で端整な顔立ち。眉太く、剃刀(かみそり)のように鋭い三白眼、濃い褐色の肌に、漆黒の無精髭(ひげ)をたくわえ、海の狼(おおかみ)の如(ごと)き得体(えたい)の知れぬ凄気を漂わせていた。一方の村上通康は壮年の大男で極めて眉が太く目がギョロッとし、四角い大顔のいたる処(ところ)に刀傷が走っていた。そして、気味悪いほど綺麗(きれい)に髭を剃(そ)っていた。髭が生えにくい体質かもしれない。
村上武吉は不敵な薄ら笑いを浮かべて、
「――毛利殿の文(ふみ)に一日だけの味方、とあった。その文言にひかれて参上した。因島(いんのしま)の当主は若年ゆえ、その兵もあずかって参った」
元就は若い武吉に極めて慇懃(いんぎん)に、
「よう来て下さった! これで味方は万人力じゃ! 味方勝利の暁には屋代島(やしろじま)を差し上げたい」
この日、岩国の重臣や僧にあてて書いた文で、弘中隆兼(たかかね)は、
……すでに水手まで掘り崩す事候。隆兼父子渡海(とかい)の上は、御用に立つべき事勿論(もちろん)に候。然(しか)れば、息女梅料人事、これあり候条、当知行の儀は申すに及ばず候。御約束の地相違なく拝領の儀、申し沙汰専一に候。人体(じんてい)事、これ又分別あるべく候。よくよく城と申し合すべき事干要に候。
(我が方は既に敵城の水の手を断った。隆兼親子がこの島に来たからには、命懸けで主君の役に立つことはもちろんである。ついては娘の梅のことだが……所領はもちろん、主君からさずかった土地も間違いなく相続することが大切である。梅の夫の人柄はしかと分別して下さい。よくよく城代である、こんと相談することが大切である)
と、書きのこしている。