緊縮病という「日本化」からどう離脱するべきか

金融政策についても同様の「既得観念」に襲われている。例えば、前回で解説した金融政策は為替レートの安定につかうべきだという愚論である。いまではワイドショーでも一部の政治家や評論家たちも、「悪い円安」を持ち出して金融緩和政策の転換を求めている。またワイドショー的に、黒田東彦日銀総裁の(マスコミの一部を切り抜いた)発言から「庶民感情を理解してない」「豪華な生活をしている」などと批判する人達もいるが、これらのワイドショー民もやはり代表的な既得観念の持ち主かもしれない。

急激な為替レートの変動自体は、短期的な商売や投機の不都合を招くかもしれない。その意味では「警戒が必要」だ。だが、この為替レートの短期的な変動をみて、金融緩和政策をやめれば、前回解説したように、雇用や経済がダウンしてしまうだろう。もし輸入している石油・天然ガス、小麦などの食料・肥料の値段が高く、家計を圧迫するならば財政政策の出番である。だが、この点を正確に読み取れない既得観念の妖怪は、季節も場所も問わずいたるところを徘徊しているのだ。

ところで日本の潜在成長率を見ておこう。図表は、日本銀行の公表する潜在成長率とそれに対する各項目の寄与度を示したものだ。潜在成長率は、日本に存在する労働や資本などを完全に活用したときに実現できる潜在GDPの成長率だ。また経済成長に貢献する項目は、労働投入量=労働力人口×潜在労働時間、そして資本投入量、全要素生産性になる。全要素生産性は、簡単にいえば日本経済の知識の貢献を示すものだ。「既得観念」が邪魔をすれば、知識の伸びしろも限られてしまう。その意味では全要素生産性は、単純な技術進歩だけではなく、景気にも依存して大きく変化する。

素朴に表を観察すると、経済危機(リーマンショックから東日本大震災までとコロナ禍)で財政が拡張的なときに全要素生産性の寄与度が大きくなり、それ以外の緊縮時期には縮小し、マイナスの貢献のときもある。他方で民間の設備投資は、危機を脱したあとには次第にプラスの貢献を強めていったこともわかる。

注意を要するのは労働投入量だ。労働力人口はプラスに寄与しているが、それはアベノミクスでいままで景気が悪くて働くことを断念していた主婦層、高齢者などが積極的に労働市場に戻ってきたことによる。他方で、潜在労働時間は大きくマイナスに寄与していて、それが特にアベノミクス以降で顕著だ。精緻な計量分析の余地はあるが、パートやアルバイトなどの増加や、また19年前後で加速化した勤務時間の短縮化=「働き方改革」の貢献が大きいだろう。

つまり通常の潜在GDP成長率の「低迷」を解釈するときも、日本独自の理由をより強く意識する必要がある。パートやアルバイトなど短時間労働が増えることは、一概には悪いことではない。特に不本意で働く非正規労働者の低下は(コロナ禍前までは)急激でまた顕著だった(図参照:出所・厚労省)。つまり個々人の「本意」で働く人達が多いことに留意するべきだろう。さらに勤務時間が短縮化していくことは、ただでさえ常勤の正規雇用者の勤務時間が世界最高水準で高止まりしている状況が解消されるならばいいことである。もちろん勤務時間や短時間化が不況の結果で生じるならば話が別である。

日本の潜在成長率の解釈し直しの可能性は、単に付加価値を生み出す財やサービスベースでみることの限界をも示しているだろう。厚生ベースでいえば、社会参加や自己実現の機会ともなる女性や高齢者の短時間で働く場が増えることは望ましいことだろう。また全要素生産性への貢献を正しく評価するには、景気要因をみる必要もでてくる。教育、研究・開発、(防災・環境・デジタルなど)インフラ投資が単に危機対応ではなく、持続的な財政拡大によって潜在成長率に一層の貢献をする可能性をみておく必要がある。

「日本病」といわれるものは、実際には「日本を低評価したい病」ともいいかえることができる。この種の既得観念の罠と闘う必要がいまこそある。

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