なぜ、フォードは日本から撤退するのか? 残念でならない突然の発表

提供:@DIME

 ■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ 

 1月26日に、フォードが日本市場から撤退を発表したのは唐突だった。予兆のようなものが一切見当たらなかったからだ。現に、2月初旬に予定されていた輸入車組合の合同試乗会には、例年通り参加する予定だったし、その翌週には『エクスプローラー』のトップモデル「タイタニウム」のメディア試乗会も予定されていたのだ。

 合同試乗会には参加を取り止め、「タイタニウム」の試乗会は急遽中止された。メールだけでなく、わざわざ広報マネージャー氏が電話をくれて、中止の報告と撤退について丁寧に説明してくれた。撤退がある程度前から予定されていたのなら、どちらの試乗会も計画されることはなかっただろう。いかに急だったかがわかる。撤退する理由は、投資に対する収益が見込めないという主旨のことが発表されたが、僕は少し違った考えを持っている。以前、アメリカからフォード・ジャパンに赴任してきたマーケティング部長氏に意見を求められたことがあった。次のように提言した。

 「特徴の際立った、いわゆるニッチなモデルから入れていくべきだ。『フォーカス』はとてもいいクルマだけれども、台数がたくさん出るノーマルグレードをヨーロッパやアメリカなどと同じようにたくさん売るのは、時期を待ったほうがいい。日本もディーラーをたくさん作ってからでないと。それまでは、『フォーカス』だったらRSやSTなどのスポーツモデルから入れて、ファンと応援団をキチッと確保したうえで増やしていくべきではないか」

 『フォーカス』は同社のベストセラーカーで、ヨーロッパではフォルクスワーゲンの『ゴルフ』と販売台数トップを争う人気車だ。性能、実用性、価格などに欠点がなく、バランスに優れている。ハンドリングが良く、ドライビングポジションが自然で右ハンドル仕様と左ハンドル仕様の違いが皆無であることなど『ゴルフ』に勝っている点もある。

 しかし、いくらクルマが良くても、数を売ることが前提のクルマは、ディーラーの数が伴わなければ、そのペース以上で売れることはあり得ない。そもそも、そのビジネス自体が成り立たない。実際、アメリカだけでなくフォードはヨーロッパではメジャーブランドだから、あちこちにディーラーが林立している。だから、フォードが日本でもメジャープレーヤーを目指すのならば、長期にわたる確実な計画に基づいて投資を行ない、少なくともフォルクスワーゲンと同じ店舗数を確保しなければならないというのが道理だろう。

 計画の初期段階としては、マニア層を取り込んでブランド認知を広めるために、まずは『フォーカスRS』や『フォーカスST』といったスポーツモデルを輸入販売することが適正だと今でも考えている。しかし、順番は逆になったが、先代の『フォーカス』の頃には、『フォーカスST』も『モンデオST』(フォーカスより大きな4ドアセダン。こちらもヨーロッパではベストセラーとなっている)も輸入販売されるようになっていた。しかし、現行『フォーカス』では行なわれていない。

 『フォーカス』や『モンデオ』はヨーロッパ・フォードの製品だが、アメリカ製のフォード各車についても同じことが言える。『エクスプローラー』や(当時の)『エスケープ』などもSUVとしてはよくまとまっていて、良心的な製品だった。アメリカではベストセラーである。しかし、ベストセラーになるべく企画されたクルマは、たくさん売れることが前提なのだから、少ししか売れなかったら、ビジネスそのものが成り立たない。

 「『エクスプローラー』もいいけれど、ひと回り大きなエクスペディションもアメリカのクルマらしくていいんじゃないですか。アメリカ車のファンはどんな時代にも一定数いて、彼らは正規輸入のアメ車ではモノ足りないから、よりアメ車らしい並行輸入のクルマを買っていたりしている。日本の並行輸入車マーケットは参考になりますよ」

 責任者氏は「並行輸入車なんて」と、全く意に介さないようだった。しかし、その後、彼らも方針を変更したのか、フォードの上級ブランド「リンカーン」の大型SUV『ナビゲーター』の輸入販売を始めた。認証コストが少なくて済む「輸入自動車特別取扱制度」を活用して、『ナビゲーター』のようなニッチモデルの導入を行っていた。この制度を用いるとエコカー指定を受けられないというデメリットが生じるのだが、それを甘受しても認証コストのほうが大きかったということだ。軌道修正しながらうまく経営しているところもあれば、変わらないところもあった。何とか、ニッチとメジャーのバランスを取って、一番魅力のある(と日本のユーザーが実感できる)フォード車を優先して輸入してもらいたかった。

 ただ、他の海外メーカーを見てみると、ルノーはとてもうまくやっている。ルノーもヨーロッパやアフリカなどではメジャーブランドだが、日本ではフォード以上に少数派だ。ディーラーも見かけない。でも、ルノー・ジャポンはニッチなモデルばかりを率先して輸入している。輸入販売するばかりでなく、『カングー』のイベント「カングージャンボリー」を毎年主催するなど、少ないユーザーを大切にしている。

 何しろ、2015年のイベントには1014台もの『カングー』(他のクルマも含めると、なんと1773台!)が集まるのだ。2015年のカングーの登録台数が1700台余りだから、参加台数の多さがわかるだろう。“日本で最も売れているルノー車はカングー”という事実を上手に活用して、少しづつルノーブランドの認知を広げようとしている。

 近年のフォードは全世界で「ONE FORD」という戦略を推し進めている。「販売される地域に地理的にもマーケティング的にも近いところで、なるべく生産する」という戦略によるものだ。日本で販売される『フォーカス』はタイ工場で、『エコスポーツ』はインド工場で造られていた。『マスタング』は初めて右ハンドルを造るが、ヘリテイジを重視しているため、頑なにデトロイトで造る。単に効率を求めるだけでなく、ブランド価値も重視して世界中にある生産拠点をフル活用している。モノ造りの思想として最も進んだものだ。

 フォード経営陣の判断の詳細についてはわからない。TPPの影響を指摘する人もいる。でも、やりようによってはうまく経営を続けることもできたのではないか。少しずつだが良いほうに進んでいたように映っていた。そう考えると残念でならない。

 文/金子浩久

 モータリングライター。1961年東京生まれ。新車試乗にモーターショー、クルマ紀行にと地球狭しと駆け巡っている。取材モットーは“説明よりも解釈を”。最新刊に『ユーラシア横断1万5000キロ』。