優れたライフスタイルが世界を豊かに
クールジャパンの匠たち□シーナリーインターナショナル代表・齋藤峰明
自然と共生し、四季をめでる日々の営みを重ねて育まれた日本の優れた感性、繊細な心配りを秘めた知恵、精細を極めた技術を現代の社会に生かし、世界に向けた提案を行う。パリで1月にグランドオープンした「アトリエ・ブランマント」の総合ディレクターを務め、17世紀に建てられた貴族の館、最先端のアートやファッションを掲げたギャラリーやメゾンが立ち並び、格別の美しさを誇るマレ地区の街角から発信している。
「まずフランスとドイツのデザイナーが日本の職人の工房に足を運び、ものづくりについての議論を重ねました。フランス人デザイナーは日本の木工技術に心を躍らせて奈良産のスギ材で独特のスピーカーを生み出し、ドイツのデザイナーは生地の木目が出るようにと、あえて美しく塗り重ねられた漆をはがし、漆器の素晴らしさ、神髄に新しい光を与えていました」
ブランマントとは白いマントを意味し、真理を求道する志を象徴する。セーヌ川に近い都心の建物は5つの空間を備え、アカデミー、セレクトショップ、コミュニケーション、アーカイブなどの役割を担い、ブランド成長事業、ライフスタイル提案、技術や素材輸出などの事業を展開する。
「アトリエとしたのは、さまざまな人々が出会い、現代の暮らしに即したグローバルな視点から日本独自の価値や知恵を生かした提案を継続的に行いたいという思いからです。職人もデザイナーも、それぞれに自らの価値観、世界観を持ち、互いの違いに驚きを覚え、敬意を払いながら、自らの仕事の意味や価値、独自性を発見、再認識して、新しいものづくりへと進んでいくのです」
東京では、フランスの新進デザイナーが考案した素足感覚のフットウエアを扱う世界初のショップを立ち上げ、日本的な感覚から優れた価値を発信する。
「かつてアマゾン川流域では、天然ゴムの樹脂を足に塗り、それを固めてはだしのような感覚の履物を作っていました。それにヒントを得たフットウエアは、畳の上で生活し、草履などを履く暮らしを送っていた日本人にとって、古い記憶に寄り添うかのように体になじみます。靴で足をプロテクトして精神まで閉じ込めてしまうような現代の暮らしからの解放を日本から提案したいと考えました」
フランスにあこがれ、19歳でパリの地に立った。フランスの社会に身を寄せて、日本の素晴らしさにも目を見開かされた。
「世界を見てみたいと思った少年時代、カミュ、サルトルと風は西から吹いていました。フランスに行くことだけが目的で出かけ、これからどう生きるかを突きつけられました。パリで暮らす人たちの生き生きとした姿を見つめながら、日本人としての意味を探し、自分のアイデンティティーをどう表現するかを求めました」
日本の老舗百貨店、フランスを代表するハイブランドで活躍した。フランスに日本の優れたものを紹介し、日本人であるからこそ深く理解できるフランスの素晴らしいものを日本に伝え、本当の本物を生み出したいと技を極める職人の精神は国境を越えて理解されることを目の当たりにしてきた。日本的なものの見方、美的感覚、洞察力の素晴らしさに驚かされ、日本の美を発掘し、世界に発信する必要を胸に刻んでいる。
「日本人は西洋のライフスタイルを取り入れる中で、その本質を見抜き、最も良質な部分を理解し、使いこなして日本にしかない優れたライフスタイルを生み出しました。その素晴らしさに世界は気づき始めています。自己中心にならず、他者との共生を第一に考えるという日本的な価値観は、西洋の若い世代にも芽生えてきています。今いちど日本人は、私たちにしかない優れたライフスタイルに立ち返り、大切にし、発信することで、世界に新しい価値がもたらされるのではないでしょうか」(谷口康雄)
◇
【プロフィル】齋藤峰明
さいとう・みねあき 1952年、静岡県生まれ。71年に渡仏し、パリ第1(パンテオン・ソルボンヌ)大学卒業。大学在学中から三越トラベルで経験を重ねてフランス三越に入り、85年にパリ支店の駐在所長となる。92年、エルメスに入社し、エルメスジャポン社長として東京・銀座のメゾンエルメスの設立などに尽力。2008年から15年までエルメスパリ本社副社長を務めた。現在はシーナリーインターナショナル代表、パリのアトリエ・ブランマント総合ディレクターに就任し、日本独自のライフスタイルを創出し、世界に向けた発信を展開している。ライカカメラジャパン会長などを兼務し、パリ商工会議所日仏経済交流委員会理事としても活躍する。1991年、フランス共和国国家功労勲章シュバリエ叙勲。
関連記事