渡邊五郎 三井物産元副社長(22)
トップの素顔■新たなボスと夢の実現目指す
2007年からは、森ビルの海外事業部門のフォレストオーバーシーズの社長になり、中国上海に建設する「上海環球金融中心」の担当となりました。
同ビルの高さは492メートル。地上101階建て。相当量の鋼材を使用しますが、当時、鋼材は調達難で主として宝山鋼鉄やアルセロール・ミッタルから調達しました。ただ、その2社ではできない鋼材があり、住友金属工業やJFEスチールにお願いして助けていただきました。
◆経営の慧眼に感服
社長の森稔さんは12年3月に残念ながら亡くなられましたが、多くのことを教わりました。その一端になるかもしれませんので、ある勉強会で講演した内容を少しお話しさせてください。主催者から、三井物産の話はもう聞き飽きたから、森ビルの恥部を話せよ、との命令で、「森ビルは何時(いつ)つぶれるか」というショッキングな演題を与えられました。
森ビルは借金がどっさりある会社ですから、そうした疑問を問いかけられたことも当然かも分かりません。私はそれに対し、「そう簡単にはつぶれんぜよ」と申し上げました。その第1の理由は、森さんは経営資源の傾斜配分ができるという経営者としての大事な基軸がしっかりとしていることです。
国内は港区、海外は上海に特化しております。あるとき森さんから「次のdestination(目的地)はどこかね」という質問があり、私は「天津はどうですかね」と言いましたら「違う。Another(もう一つの)上海だ」と言われました。
この話を上海の社員200人くらいにしましたら彼らはすっかり燃えて感激してくれました。私は天津と言っているが大ボスは上海と言っている。確かに上海での実績をベースに党を含めた上海市政府、ならびに当社のビルのある浦東新区の幹部の信頼は抜群で、既に依頼を受けていた周辺地域の再開発を中心に万博後の事業をやることが森ビルにとっても最良の選択でした。安易に別の地域への進出を夢見がちですが、経営者としての先見性、経営判断の基盤がしっかりしていると、お世辞ではなしにその慧眼(けいがん)に感服した次第です。
さらに、私は森さんにはVision(夢)とPersistence(しつこさ)があると言っています。不動産開発事業はこの2つがないとなかなかできません。かつて巷間(こうかん)、彼のしつこさの悪い面ばかり喧伝(けんでん)されておりましたが、だんだんといいしつこさが見直されてくるようになってきました。これに加えて「岩盤規制」や次元の低い悪口などをはね返す力(resilience)があると言っています。この3点セットはリーダーのあるべき資質の一つに数えられるとも思っています。
◆ときには対峙も必要
森さんは東京をアジアの国際金融の中心都市にするとか、Eco(エコ)を意識した「Vertical Garden City(垂直庭園都市)」を作るとか、もうけられないがお客さまに喜んでもらえる美術館を造るとか、その理想は果てしないものがありました。ある意味、金もうけより夢の実現を目指した経営者でもありました。
一つ心配なのは、人間みな弱い動物ですから特にオーナー会社にはボスにへつらう軍団が群れをなすのは宿命です。森ビルには、そんな上に目のついたヒラメがぐよぐよ泳ぐようになると、危険であると警鐘を鳴らしました。私自身も森ビルに在籍中、そのヒラメにならぬよう心したつもりです。私の貢献がもしあるとしたら1年に1回くらい、オーバーな言い方になりますが命かけてボスと対(峙たいじ)したことだと言っていましたが、よくよく数えてみると真剣にボスに立ち向かったのは3回くらい。後の7回は逃げ回っていたのではないかと反省しております。(聞き手 廣瀬千秋)
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