経理代行 地味なサービスで破壊的変革起こす

日本発!起業家の挑戦
経理作業代行サービス、メリービズの工藤博樹社長

 ■メリービズ・工藤博樹社長に聞く

 スタートアップといえば、高度で目新しい技術を活用した製品やサービスに注目が集まりがちだ。しかし、成功するためにいつもハイテクが必要なわけではない。企業や人は、面倒くさい単純作業に毎日手をやいていて、むしろこういう問題はローテクの地味なサービスで解決できることが多い。毎日の悩みの種を解消するサービスがあれば、あまり格好良くはなくても重宝がられるのは間違いない。

 MerryBiz(メリービズ)は、個人事業主や中小企業、税理士にとっても面倒でたまらない経理作業を代行するサービスだ。代表取締役社長の工藤博樹氏は、領収書の整理というほんの小さな変革から始めて、より破壊的な変革へと顧客を導こうとしている。長期的な計画を聞いた。

 ◆顧客の需要理解

 --メリービズはどのように始まったサービスですか

 「2011年にクラウドソース型の経理サービスとして始めました。当時からクラウドソーシングはいろいろありましたが、経理に特化していて、しかも日本語で使えるサービスはなかったんです。顧客が封筒いっぱいの領収書をメリービズに送ってきて、それを在宅の専門スタッフが整理してエクセルにデータ入力するというサービスです。2014年までは、ウェブのアプリケーションすらなかったので、とてもローテクだったと言えます」

 --領収書データを写真撮影して入力するモバイルアプリなどがすでに出てきていたなか、創業当初、テクノロジーを重視しなかったのはなぜですか

 「要望はありましたが、時間をかけて顧客の需要を正確に理解したいと思ったんです。きちんとやりたかったということです。日本企業はとても保守的だという現状があります。企業、特に大企業は今あるシステムで物事がまわるなら、それを変えたいとは思わない。だから、私たちは彼らがこれまで採用してきたプロセスを変えなくても使える、そのプロセスにぴったりはまるサービスを提案しました」

 --破壊的なイノベーションよりも小さなイノベーションの積み重ねの方が良い戦略だということでしょうか

 「もちろん、いずれはビジネスの手法を大きく変える破壊的なイノベーションを紹介したいと考えています。私たちは今、AI(人工知能)とマシンラーニングの技術を高めようとしています。これによって、まずは経費の分類が素早く効率的にできないかと考えています」

 --メリービズでは日本人と外国人が一緒に働いていますよね

 「はい。今は日本に特化したサービスですが、海外進出を計画していますし、そうであれば初期段階から多様性のあるチームであることは意義があります。営業担当は全員日本人ですが、エンジニアになると話は別です。ソースコードは万国共通の言語ですから、プログラマーはどこの国の出身であっても案外すぐに働き始められます」

 ◆金銭的リスク少ない

 --起業家養成キャンプを運営していた経験がありますね。日本の若者は起業について何を一番不安に思っていますか

 「起業に失敗することを実際よりずっとひどいことだと想像しています。『破産する! ホームレスになってしまう!』と思い込んでいますが、そんなことにはなりません。失敗したって死ぬことはないとそのうち気付きます。最悪の事態と言っても、結局他の会社で働くことになる、というだけです」

 --20年前は多くの創業者が個人的に借金をしていたから、まだそんな風に思うのではないですか。今のスタートアップは、ほとんどが株式の発行を伴う資金調達を選びます

 「たしかにそうですね。かつては会社が倒産すれば、財政的な立ち直りがとても難しかったのは事実です。それに比べれば金銭的なリスクはかなり小さくなっています。個人的に借入金を保証する必要はありません」

 --いずれは業界に破壊的な変革をもたらしたいということですが、具体的には

 「会社の事務・管理部門はいずれすべて自動化されて、コンピューター自ら学習するディープラーニング(深層学習)によって、バックオフィスは今よりもずっと小さく、速く、正確になります。そういう世の中を私は頭の中に描いています。ですが、未来の事務・管理部門の姿を他の人にも分かってもらうことはとても難しいのです。それが、創業者としての悩みのひとつです。事務系のソフトウエアに強い興味を示す人はあまりいないので」

 --私は地味なバックオフィス関連のソフトウエアが好きですよ

 「そうでしょうね(笑)。法人向けのソフトウエアを作っている人はともかく、ほとんどの人にとっては興味のないことなんです。ただ目の前にあるタスクをシンプルに、素早く片付けたいと思っているのでしょう。でも、会社組織全体から見れば、より正確でコストのかからないツールはとても魅力的です。いずれは移行せざるを得なくなります」

 ◆技術は要素の一部

 --AIによる破壊的変革がバックオフィス業界に登場するとき、既存の経理作業に組み込まれているメリービズも一緒に排除されてしまう危険性はないでしょうか。

 「その危険性についてはよく考えます。私たちよりも積極的に新技術を採用する会社は他にあるでしょう。けれども、私たちの強みは、顧客が本当に必要な物を深く理解しているということです。新しい技術を提案はしますが、顧客が快適に感じられるようなスピードで少しずつ未来のバックオフィスに近づけていきます。経理に留まらず、契約書のやり取りや各種届出などを念頭に置いています。そして、顧客が新しいサービスの利点や使い方をきちんと理解できるようにサポートします」

 --優れた技術が業界を制するわけではないということですか

 「技術は要素の一部にすぎません。顧客の抱えるどんな問題を解決し、どんな悩みを解消できるかということがビジネスの核です。特に日本では多くの企業が実績を重視し、技術が本当に役に立つか見極めてから使いたいと考えています。新しい技術に飛びつく企業はあまりありませんから、特にバックオフィス関連のソフトウエアでは顧客が本当に求めていることを把握して、少しずつ変革していきたいと思います」

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 多くのスタートアップが、他よりもどれだけ早くサービスや製品を世に出せるか競い、何か問題があればすぐに方向転換するなか、工藤氏のアプローチは興味深い。スピードよりも、顧客を理解し、深い関係を築くことを重視してきた。

 もちろん、工藤氏はこの道が安全なものではないことを心得ている。既存の煩雑な業務に代わる、簡単でコストのかからない方法としてメリービズを位置付け、その戦略で一定の成功を収めているが、市場で本当の破壊的変革が起きれば、その立ち位置は非常に危うくなる。

 その機会が来れば、メリービズはそれに飛びついて対応しなければならない。これまでに築いた顧客との関係を生かし、バックオフィスに真の変革をもたらすチャンスに、工藤氏は狙いを定めている。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/