「本当に必要な機能が入った小型パソコンを」…携帯性と利便性を両立 キングジム「ポータブック」
開発物語≪STORY≫
いまやビジネスマンの“仕事場”は、移動中や商談先、果ては自宅にまで広がっている。可能にしたのはスマートフォンやタブレット、小型パソコンなどのモバイル機器の普及。だが、高機能化していても使い勝手が置き去りにされていないか-。そんな開発者の肌感覚が、潮流とは逆張りのミニマムパソコン開発へとつながった。
「ちょっと窮屈だな」。2013年3月ごろ、キングジム商品開発担当の冨田正浩さんは海外出張中の飛行機内で、ノートパソコンと格闘していた。持参したパソコンは14インチ画面で前席の乗客が座席を倒すと十分に開けず、機内サービスの飲み物を置く場所にも事欠いた。
しかも、出張先ではプロジェクターとつなぐパソコンの端子が合わず、結局パソコンを先方から借りる羽目に。「自分の用途に合わないとだめだ」。冨田さんは帰国後、別のパソコンを物色したものの、現行機種は高速処理や大容量の記憶装置を誇っても、冨田さんが求めるコンパクトで従来の端子まで備えた機種は見つからなかった。
生来の開発の虫が騒ぎ出す。「それなら小型で本当に必要な機能が入ったパソコンを自分で作ればいいさ」。キングジム初のパソコン開発は、こうしてスタートした。
開発は当初から困難の連続だった。メーカー以外の企業がパソコンを製作する場合、設計を製品化してくれる製造委託先が不可欠だが、冨田さんが同年4月ごろから中国や韓国など約10社の製造委託企業に協力を呼びかけたところ、次々と門前払いを食ってしまう。それから数カ月は、依頼を断られてはネットなどで次の企業を探す、という日々が続いた。
助け船は意外なところから現れた。新人社員の畑山優貴さんが同年7月、冨田さんのパソコン画面を偶然眺めた際、見覚えある企業が交渉リストにあるのに気づく。数週間前、担当者と名刺交換した台湾の製造委託大手「ペガトロン」だった。
「冨田さん、この企業紹介できますよ」。畑山さんの仲介で交渉が始まり、約3カ月で製品仕様が固まった。
製造委託先が決まった後も、コンパクト化の鍵となる折り畳み式キーボードの開発に約1年を要した。キングジムがペガトロン側に求めたのは「1日10回開閉しても5年間は壊れない」という計約2万回の開閉に対する耐久性。加えて、動きのスムーズさやキータッチの感触にも妥協しないという徹底ぶりで、ペガトロン側も音を上げかけた。
だが、冨田さんとメカ担当の平山昌俊さんは台湾に足しげく通いながら、ペガトロン側と粘り強く意思疎通を図った。試作品ができては送り返すという作業をしばらく繰り返すうち、「日本メーカーの考え方が伝わった」(平山さん)。最終的には4回目に台湾から納得いく試作品が送られてきた。
14年末には、8インチディスプレーの調達難で開発がストップするアクシデントにも見舞われたが、新たな供給先を探して量産化にこぎつけた。
携帯性を重視して機能を絞り込んだことで、思わぬ副産物も得られた。処理エンジンに廉価なAtomを採用したところ、ソフトウエア担当の伊吾田文彦さんが気づいた。「消費電力が少ないから電源も簡素化できるのでは」。こうして採用されたのはスマートフォン用などに使われる小型USBによる給電方式で、スマホと電源アダプターを兼用させることが可能になった。出張では荷物を減らせるメリットにつながる。
これまで個性的な商品を生み出す「ニッチ戦略」を売りとしてきたキングジム。ポータブックの開発当初、社内には家電メーカーがしのぎを削るモバイルパソコン市場への参入を疑問視する空気もあった。だが、開発が進めば進むほど個性に磨きがかかるポータブックに対し、いつしか社内評価も変わっていったという。
迎えた昨年12月の商品発表会。壇上に上がった宮本彰社長は「この商品はキングジムの歩んできた“裏通り”路線そのものだが、案外“大通り”かもしれない」と、画期的なミニマムパソコンが掘り起こす新需要に期待感を示した。
冨田さんは「私たちがパソコンの素人だったからこそ、スペック重視の流れに乗らないパソコンを作ることができた」と、開発の約2年を振り返った。
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■自由な発想、風通しの良さ原動力
≪TEAM≫
メモ打ちに特化した電子文具「ポメラ」や、手書き文書をデジタル化する「ショットノート」など、独創的な商品を世に送り出してきたキングジム。ポータブックの商品開発チームもメンバー個々の自由な発想と、闊達(かったつ)な意見を交わす風通しの良さを原動力に、ポータブックをオンリーワン商品として昇華させた。
メンバー同士の風通しの良さは、開発リーダーの冨田正浩さんがポータブックの製造委託企業の選定で難航していた際、新人の畑山優貴さんが助けたときにも発揮された。そもそも畑山さんが冨田さんを訪ねた理由は「仕事のアドバイスをもらいにきた」(畑山さん)ためだが、部署や入社年次の垣根を越えた社員同士の交流が寄与している。
チーム最年長のソフトウエア担当の伊吾田文彦さんは、小型USB端子の活用を思いついただけでなく、スタートメニューに他のウィンドウズ10機種にはない「ステーショナリー」というジャンルを追加した。「パソコンでも文具会社としての視点を入れた」というアイデアだったが、こうした提案が次々と製品に採用された。
チームきっての“おしゃれ番長”として、ポータブックのデザインを磨き上げたのが、カスタマーサポート担当の渡部純平さんだ。キーボードのデザイン決定で、「ローマ字打ちならば仮名の刻印はいらない」とスタイリッシュな「USキーボード」の採用を提案したほか、アイフォーンなど米アップル製品をほうふつとさせる外箱や専用ケースのデザインも手掛け、他のメンバーから「自分たちにはできない発想」といわしめた。
また、メカ担当の平山昌俊さんは「製造を委託した台湾のペガトロンも、開発を通してチームになれた」と強調する。
冨田さんと平山さんがスライド式キーボード開発で台湾に足しげく通ったとき、台湾・蘇州にある現地チームのスタッフらと、現地の体育館でバスケットボールをしながら汗をかいた。1つのボールを追いながら、「開発チームとして、互いが同じ方向を向けるようになり、いい関係性の中で開発を進められた」(平山さん)という。
「バスケの後、今度は日本から野球盤持って行くからやろうと約束しました。結局、トラブルが発生したために、“日台戦”はお預けになりましたけど」と平山さん。多彩な独自機能が凝縮されたポータブックは、さまざまな個性が国境を越えて一枚岩となった開発チームの姿そのものといえる。
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■デタッチャブルタブレットが下支え
≪MARKET≫
国内のパソコン出荷台数は、ウィンドウズXP機の入れ替え特需の反動減で、2015年に一時的に減少したほか、買い替えサイクルの長期化傾向もみられるなど、今後も市場縮小が予想される。ただ、キーボードを取り外してタブレットとしても使える「デタッチャブルタブレット」のジャンルは新商品なども相次いでおり、ビジネスマンを中心にモバイルタイプは一定の需要が見込まれる。
調査会社MM総研によると、同年のパソコン総出荷台数は前年比31.9%減の1016万5000台、金額ベースで26.6%減の8738億円となった。前年に起きたウィンドウズXPの買い替え特需に伴う反動減に加え、円安の進展が部品価格の上昇につながり、パソコンの本体価格を押し上げた。
スマートフォンやタブレットを含む国内モバイルデバイス市場を対象にしたIDC Japanの調査結果でも、スマートフォン市場が拡大したにもかかわらず、同年のパソコン市場が前年比31.4%減と大幅に縮小し、モバイルデバイス全体の出荷台数も8.1%減の4792万台のマイナス成長となった。
MM総研は16年のパソコン出荷台数を8.2%減の933万台と予想するが、14年の買い替え特需で購入されたパソコンの更新時期を迎える際には「市場全体も一旦、プラス成長となる」としている。
回復の牽引(けんいん)役となりそうなのが、携帯性に優れ、柔軟な働き方を可能にするモバイル型だ。中でも米マイクロソフトや米アップルが新製品を投入している、着脱式のキーボードを備えたデタッチャブルタブレットは16年以降も出荷台数を伸ばすとみられ、今後の市場動向が注目されている。
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≪FROM WRITER≫
「出張先での使用も想定」。キングジムの売り文句を確かめるべく、東日本大震災から5年の節目を迎えた3月上旬、特別に借りたポータブックを携えて宮城県の沿岸部に向かった。
資料やカメラなど荷物がかさばる記者稼業では、パソコンの小型化はありがたいが、操作性などの使い勝手がよくなければ本末転倒だ。ポータブックは、カーソルを動かすポインティングデバイスの操作に少し手間取ったものの、慣れれば小型化の恩恵を享受できた。
使ってみて初めて分かったメリットもある。図体が大仰でないから、移動中も周囲を気にせず気軽に開けるのだ。つまり、スマホやタブレットのような感覚に近いから、取材の合間の時間を普段よりも有効に使うことが可能になった。結果、東京に戻るまでに、記事の大部分を仕上げることができた。
そしてこの記事も、移動中にポータブックで書いている。フットワークを重視するユーザーにとって、本機は唯一無二の選択肢となるかもしれない。(佐久間修志)
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≪KEY WORD≫
■ポータブックXMC10
文具大手キングジムが開発した同社初のモバイルパソコン。折り畳んだ携帯時にはA5サイズで約830グラムという軽量・コンパクトなボディーながら、キー間隔18ミリのスライド式折り畳みキーボードやフルサイズパソコンと同規格の端子を備え、携帯性と利便性の両立を目指した。バッテリーは約5時間駆動。ACアダプターはスマートフォンなどと共通の小型USB端子で給電できる。基本ソフトはウィンドウズ10。オープン価格で初年度の販売目標は3万台。
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