「忠義仁勇」シャープ社長に金色スカーフ 縁起担ぎや風水…信心深い郭会長

 
シャープ本社を訪れた鴻海精密工業の郭台銘会長=大阪市阿倍野区のシャープ本社(石川有紀撮影)

 台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業によるシャープ買収は、出資額の大幅減額や契約条件の変更など、すったもんだの末に3月30日に両社の取締役会で議決された。両社ともさぞかし一刻も早く契約書にサインしたいと思いきや調印式と共同会見は3日後の4月2日と異例の土曜日だった。アジア最大規模のM&A(企業の合併・買収)だけに、台湾メディアや東京のアナリストを含めて約300人を堺市に集めた。関係者によると理由は、信心深いことで知られる鴻海の郭台銘会長の縁起担ぎによる独断だったようだ。(石川有紀)

 異例の土曜調印

 「台湾はきょうが4連休の初日だから、観光客で航空券やホテルの予約が大変だったのよ」

 前日から日本入りしたという台湾の週刊誌の女性記者は、ため息交じりこう話した。

 それというのも調印式と共同会見が設定された4月2日は土曜日。日本では企業の重要案件は、株価に影響するため、一刻を争う不祥事や事件を除けば平日の株式市場が閉まった午後3時以降と相場は決まっている。

 台湾の場合、企業の重大事項は事前に通告した上で台湾証券取引所の取引をストップさせるため株価に影響はないが、契約締結がいつになるかは投資家の関心事だった。それだけに異例の土曜日の設定に疑問の声もあったが、理由を聞けばどうということはなかった。

 当初、シャープや主力取引銀行はそれぞれ取締役会の決議の翌日で、年度末の31日の調印と会見を目指したが、日程は鴻海が「待った」をかけたという。理由について、複数の関係者は「縁起を重視する郭会長の意向だ」と打ち明ける。

 つまり、31日は暦の六曜で「赤口(しゃっこう)」にあたり縁起が悪い。4月1日は、うそのニュースが世間を騒がすエープリルフールだから避けた。4月2日は「風水でも良い」となったという。

 工場敷地内の稲荷神社に参拝

 鴻海は、調印式と共同会見の場所にもこだわった。会場となった堺市堺区の液晶パネル工場は、シャープの経営危機を招いた元凶といわれる一方、鴻海との共同運営で黒字転換したという両社の協業の象徴ともいえる。鴻海主導のシャープ再建を公表するのにこれ以上ふさわしい場所はないというわけだ。

 調印式に先立ち、郭会長は91歳になる母親をはじめ家族を会場に案内。鴻海グループナンバー2の戴正呉副総裁も従えて、工場敷地内の稲荷神社に参拝している。一代で売上高規模で15兆円の電子機器受託製造サービス(EMS)世界最大手を築き上げ、ついには創業100年を超える日本の電機大手の一角を傘下に収めた誇らしい姿を家族や側近にみせたかったのかもしれない。

 調印式と共同会見で登壇した郭会長は、スーツに紫色のネクタイ姿で、普段よりは控えめな印象。シャープ支援をめぐって日本の官民ファンド、産業革新機構と競り合い、1月末と2月初旬に大阪市阿倍野区のシャープ本社に姿を現したときに身につけていた黄金色の勝負マフラーは封印していた。

 郭会長は「これは私のラッキーシンボルだ」と記者団に説明するが、実は三国志で活躍する武将、関羽をまつる「関帝廟(かんていびょう)」から贈られたといわれる。

 郭会長の両親は、関羽と同郷の中国・山西省出身。台湾メディアによると、郭会長にとって関羽は守り神としてビジネスの成功を導いた存在といい、郭会長自身も「困ったことや悩みがあると、関羽が夢に出てきて指示を出す」とたびたび語っている。

 ネクタイの色に意味?

 郭会長は、勝負マフラーをつけなかったが、代わりに契約書にサインした戴副総裁とシャープの高橋興三社長は金色のネクタイを選んでいた。

 さらに調印式と共同会見の後に開いたパーティーでは、郭会長は、高橋社長の肩に勝負マフラーをかけた。マフラーには「忠義仁勇」との文字が入っており、曲折を経てとはいえ調印にまでこぎつけた高橋社長への信頼の表れか、はたまた忠義を尽くすように求めるメッセージか。

 5日、台湾に戻る前に関西国際空港で報道陣の取材に応じた郭会長は「ラッキーシンボルを高橋社長やすべてのシャープ社員とシェアしたかった」と笑った。

 シャープの新経営陣については「大規模な組織改編が必要だが、人事はまだワーキングレベルでノーアイデア。少なくとも1~2カ月はかかる」と話した。

 調印式や共同会見の日程から縁起担ぎや風水で決める郭会長の信心深さには、シャープも今後、振り回されることになりそうだ。