小仲正久 日本香堂ホールディングス会長兼CEO(28)
トップの素顔■経営の原点“積み重ね”忘れずに
社内報「青雲」は昭和61(1986)年に創刊されました。創刊号の富士山をバックにした題字は先代、小仲正規の揮毫(きごう)によるものです。この年、「毎日香」「青雲」ともに知名度が90%を突破するなど大きく飛躍していた時期でした。あれから30年目を迎える今春の社内報の巻頭にこう呼びかけました。
「あなたの10年後を予測してみてください」
◆10年後を予測
ピーター・ドラッカー氏は20年後と言っていますが、20年後となるとずいぶんと未来になりますし、定年になってしまう社員も多くいますから、現実的に10年後の自分のポジションを見極め、その時、収入源である会社はどうあってほしいのかということを一度考えてみようという投げかけです。
10年間、頑張ろうと漠然に思っていながらも、だんだんと興味が薄れ、いつのまにかおぼろげな目標になっています。それでは実現しません。10年後に向けて、明確なステップを踏んでいくことを考えてほしいと提案しました。社員一人一人が目標を持つことで、それぞれの分野で自主性をもって成長してほしいと願っています。
もちろん、会社の戦略決定は大きなトップマネジメント。10年、20年先を見通すのは経営者の責務です。上場企業のトップが任期中4年間の利益だけを追求して、あとはツケが回っても知らない、というのはありがちですが、これでは駄目です。ドラッカー氏が「オーナーカンパニーが企業形態として一番理想的な形だ」と指摘するのは、オーナーがより長期的視野で予見し、構想を練ることができること、即断できることが大きな理由ですが、創業家の一人として、その指摘に恥じないようなマネジメントをしなくてはと心掛けています。
将来の戦略はオリンピックでメダルを獲得するために、ロードマップを作るのと同じです。4年後の東京オリンピックで金メダルを取ると目標を定めたら、トレーニングのカリキュラムを組み、国内予選を必ず勝ち、日本代表に選ばれ、金メダルへの道を進むのです。国内予選で敗退すれば、金メダルの夢は終わりです。慶應大学時代ボート部時代のお話で紹介した「勝つのは一人」は常に経営上の指針としています。高校野球で地区予選でも甲子園の決勝でも、1度の負けで同じ敗者です。一度も負けなかった1チームだけが勝者になるのです。
強敵を前にして、勝てないと思うことは度々あるでしょう。でも、負けてしまっては終わり。そんなとき、ある体験を思い出します。
◆勝利を体で覚える
昭和40(1965)年、大阪の孔官堂から完全独立して、売り上げの70%を占めていたブランド「蘭月」を手放し、その「蘭月」が逆にライバルとなって立ちはだかる中、「青雲」を開発して販売を始めたときのことです。ゼロからのスタート、誰の目にも勝算はなし、と映ったでしょう。
父、正規の指示は「孔官堂が行っていないところに行け」でした。そんな地域はほとんどありません。すると「島を攻略しろ」と。私たち社員は、伊豆七島、隠岐の島、九州の島々に行き、1店舗ずつ青雲を置いてもらうよう頭を下げて回りました。全体から見れば販売量は微々たるものかもしれません。しかし、局地戦で一つ一つ勝利していくこと、勝つことを体で覚えること、どこかに勝機があること、それを父は私に教えたかったのだろうと思います。文化大革命の時、中国に滞在すると毛沢東語録を読まされていましたから、それは毛沢東と同じ戦略だったと気付かされました。
当時、取引をしてくれた小売店のみなさまの顔を一人一人覚えています。そのお得意先のみなさまとの積み重ねが、今日の日本香堂の礎となっているはずです。この原点を忘れずに、これからも歩んでいきたいと思います。(おわり)
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