グローバル展開に必要なデザイン思考

日本発!起業家の挑戦
btrax(ビートラックス)創業者のブランドン・ヒル氏

 ■btrax創業者 ブランドン・ヒル氏に聞く

 デザインは、サービスやソフトウェアの見た目を改善するだけではなく、ビジネスが行われるプロセスそのものも改善する力を持っている。米・サンフランシスコと東京に拠点を置き、日米企業のグローバル展開をサポートするクリエイティブ・エージェンシーbtrax(ビートラックス)の創業者で最高経営責任者(CEO)のブランドン・ヒル氏に話を聞いた。

 ヒル氏は北海道で生まれ育ち、高校卒業後、音楽を学ぶためにサンフランシスコに移り住み、後にデザインを学んだ。ドットコムバブルがはじけた後の2004年にウェブ制作会社としてビートラックスを創業。以後、日本と米国のビジネスの橋渡し役となってきた。

 ◆日本企業の死角

 --ビートラックスでは、国境を越えて、デザイン思考に基づくブランディングとマーケティングを行っていますね。日米で、デザインへのアプローチに関して最も顕著な違いは

 「まず、一番分かりやすいのが視覚的な違いです。日本以外で流行しているデザインはシンプルで、余計な物を排除したミニマルなものが多いのに対し、日本の消費者はより複雑なデザインを好んできました。色の数が多く、余白が少ない。広告や雑誌の表紙を見れば分かるように、全体に、要素がとても多いんです。私見ですが、これは日本の漫画やアニメ文化によるものではないかと思います」

 --漫画ですか。それはなぜ

 「漫画本を開くと、細かくてごちゃごちゃしていてコマ割も複雑ですから、慣れていない人にとっては分かりにくいかもしれません。しかし、多くの日本人は漫画を読んで育っているので、そのレイアウトになじみがあり、頭に入ってくるんです」

 --なるほど。考えてみると現代的な漫画が流行する前、戦前のグラフィックデザインや広告はよりシンプルで、欧米の感覚に近かったですね

 「はい。情報の密度が高いデザインは比較的新しいですね。視覚的な違いよりも強調すべき違いは、日米でのデザインの捉えられ方の違いだと思います。特に米国では、デザインはビジネス全体を通じて核となるプロセスと考えられ、デザイナーは、顧客がソフトウエアやパッケージを見てどう反応するかという点に非常に気を遣います。デザイナーは、プログラマーや製品開発チームと初期段階から密に連携して、ユーザーとも直接関わります。デザインには人の心理を読み取る力が欠かせません。ところが、日本ではデザインが外注されることが多く、デザイナーが製品の背景を十分に持っていなかったり、サービスのユーザーと直接やり取りして反応を知ることができなかったりします。そうなると、デザイナーにできるのは見た目をきれいにすることだけになりますが、それはデザインの構成要素の一つに過ぎません」

 --結果的に、日米で『デザイナー』の役割が異なってくるんですね

 「日本ではデザイナーが正当な評価を受けていません。私自身がデザイナーだからかもしれませんが、多くの企業が、デザイナーの提供できる価値を分かっていないと感じます。UI(ユーザーインターフェイス)デザインが、デザインの素養のないプログラマーやSEによって済まされることも少なくありません。日本が世界で通用するためには、その部分が変わらなければならないと思います」

 --米国企業の日本進出、そして日本企業の米国進出において、企業がよく犯す間違いについて教えてください

 「日米の企業が正反対のアプローチをとることが多いので面白いですよ。米国企業は、ウェブサイトや製品に使われている英語を日本語に翻訳すれば、それで十分だと考える傾向にあります。日本やアジア市場に合わせて、ビジネスモデルや製品を修正することを嫌がります。一方で、日本企業は、海外進出をするなら、製品やそのブランディングを一から変えなければいけないと考えがちです。実際は、自社が提供する価値の根幹を掘り下げてメッセージにすれば、海外でも十分通用する可能性があります」

 ◆JapanNightの可能性

 --サンフランシスコで日本のスタートアップがプレゼンするJapanNight(ジャパンナイト)を開催しているそうですね。始めたきっかけは

 「サンフランシスコの街を歩いていれば、毎晩スタートアップのイベントや交流会が開かれています。そうしてスタートアップのコミュニティーが強く結びついています。10年に、日本のスタートアップイベントで審査員を務めることになりました。イベントにはたった50人くらいしか人がいなかったのに、主催者がこの部屋に東京のスタートアップ界の人はほとんどいると言ったんです」

 --その頃は東京のコミュニティーは今より随分小さかったですからね

 「そうですね。でも、中には素晴らしいスタートアップが集まっていました。創業者たちと話して、サンフランシスコに来てプレゼンを英語でやってみるように提案しました。3カ月後に、サンフランシスコで初めてのJapanNightを開催して500人以上のオーディエンスを集め、それから継続して開催しています。日本での予選、サンフランシスコでの決勝ともイベントの規模が大きくなり、日本のスタートアップがサンフランシスコで成功することも珍しくなくなりました」

 --サンフランシスコではコワーキングスペースも提供しているとか

 「はい。15年10月から提供しているD.Haus(ディーハウス)では、日本の大企業、大学、地方自治体、スタートアップ、そして地元サンフランシスコのスタートアップが1つのオフィスに入居しています。われわれビートラックスがデザイン思考のビジネス展開をメンタリングし、オフィスイベントを開いて相互のコラボレーションを促します。サンフランシスコにはコワーキングスペースが数多くありますが、デザインを軸にしたスペースが欠けていると感じ、構想を練っていました。このスペースでなければ生まれないようなアイデアの交換があり、刺激的です」

 --デザインのためのオープンイノベーション(他社、大学、自治体などの技術やアイデアを組み合わせて革新的なサービス開発につなげるイノベーションの方法)プログラムのようですね

 「まさにそれを目指しています。D.Hausの名はナチス以前のドイツにあったデザイン学校『バウハウス』から来ています。バウハウスでは『形態は機能に従う』との方針で美術や建築が教えられました。今の時代、どんなサービスも良いデザイン思考なしには成功できません」

 --5年後の日本では、UIやUX(ユーザーエクスピリエンス)デザインがどのように変化していると思いますか

 「これまでよりもスタートアップ内の多様化が進み、世界展開に注力するようになれば、欧米のデザイン感覚がもっと取り入れられるようになると思います。見た目がシンプルになるというだけではなく、デザインが製品開発やビジネスのプロセスに深く統合されるようになるでしょう。日本のビジネス全体に資する変化ですから、われわれもそれに貢献していきたいと思います」

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 ヒル氏のデザインに対する考え方は、ずっとプログラマーとして歩んできた私にとって非常に新鮮だ。企業の事業プロセスを改善することは、いかに最適化を図るかという課題として捉えられるのが普通だが、そうすると小さな改善が少しずつ見込めるだけだ。

 一方、事業プロセスをデザイン上解決すべき課題と捉えると、まったく異なる結果が導かれる可能性がある。考え方を根本的に変えることで、効率性が飛躍的に向上し、同時に働き方や製品・サービスに余裕や楽しみが生まれるかもしれない。

 日本でも徐々にデザイン思考の重要性が説かれ始めている。デザインが、ビジネス界に新鮮な視点を与えてくれるからだろう。プログラマーの私も、これを機にデザインを学びたくなった。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/