歌舞伎のラスベガス公演を生中継 最新技術が広げるエンタメの楽しみ方
歌舞伎やコンサート、映画などの楽しみ方が、最先端テクノロジーの力で広がろうとしている。アメリカのラスベガスで開催された歌舞伎の海外公演を、舞台の臨場感もそのままに、日本にリアルタイム中継するイベントや、CG(コンピューターグラフィックス)で描かれたイケメンのキャラクターが、観客との会話もこなしながら歌い踊るライブが相次ぎ開催。これからのエンターテインメントに訪れる新しい潮流を感じさせた。
幕が開き、歌舞伎役者たちが次々に現れ演技を見せる。話す言葉に英語が混じるのは、公演がアメリカのラスベガスにある劇場で行われているから。それを観客は、羽田空港国際線ターミナルにあるイベントホールで、ほぼリアルタイムに楽しんでいる。
日本人アーティストの海外公演を、日本の映画館で生中継して楽しむライブビューイングなら、これまでも盛んに行われていた。5月7日に松竹(東京都中央区)とNTT(東京都千代田区)によって実施された、ラスベガス歌舞伎公演「KABUKI LION 獅子王」の4Kマルチライブビューイングでユニークだったのは、中継映像が観客の前方だけでなく、横や後ろ、そして上にも映し出されたことだ。
羽田空港国際線ターミナルのホールには、前方と後方に3面ずつと、横に1面、そして上に2面設置された合計9面のスクリーンに、9台のプロジェクターを使って公演の模様が投影された。観客はラスベガスにある劇場の客席に座っている感覚で、舞台から花道へと走り回り、宙乗りもする役者の姿を体感できた。
ラスベガスの劇場では、9方向へと向けられた9台のカメラが、動き回る役者たちを撮影し、セリフや唄、音楽をとらえていた。これを「MMT」と呼ばれる、映像や音声、字幕といった様々なメディア情報を絶対時間で同期させ、ズレが生じないようにする技術で処理し、伝送した。これにより、役者が何枚も連なるスクリーンを自然にまたいで立体的に動き、それにセリフや唄がピタリと重なった映像を、日本でも鑑賞できるようにした。
この技術を使えば、奥行きを持った舞台でも、離れた場所に臨場感ともどもリアルタイムで再現できる。今回とは逆に、日本の歌舞伎公演を世界にリアルタイムで発信していくことも可能。フィールド上を動き回るスポーツの中継でも利用できそうだ。
2020年の東京オリンピック/パラリンピック開催をひとつの目標に、「ICT(情報通信技術)を使うことで、様々な分野に新しい価値を見いだすこと」(NTT副社長の篠原弘道氏)に取り組んでいるNTTにとって、この実験は大きな一歩となった模様。松竹にとっても、「400年の歴史がある歌舞伎は、先輩たちが伝統を重んじつつ新しいことに挑戦してきたから今日がある。NTTの技術力を得て、世界中のお客様に感動をお届けしていきたい」(松竹社長の迫本淳一氏)と、NTTとのコラボレーションに期待を示した。
4Kマルチライブビューイング実施に際しては、ラスベガスで舞台に立った歌舞伎役者の市川染五郎さんが、現地にいながら日本の舞台に立っているような雰囲気で挨拶を行い、質問への受け答えも行った。立体感や臨場感を持った映像を投影するNTTの技術「Kirari!」を使ったもの。この技術は、4月29日と39日に、ドワンゴ(東京都中央区)が幕張メッセで開催した「ニコニコ超会議」で実施された舞台「超歌舞伎」でも利用され、従来にない演出を見せて観客を驚かせた。
音声合成ソフトのVOCALOIDに使われている人気キャラクターの初音ミクが、歌舞伎役者の中村獅童さんらと共演したことで話題になった「超歌舞伎」。この舞台で、ステージ脇にあるブースに立った中村獅童さん演じる佐藤忠信が、ステージ上に3人になって現れ、ブースで演じる獅童さんと同じ動きを見せる場面があった。
注目する人物だけを切り取って、離れた場所に臨場感ともども中継する「Kirari!」の技術。これを使って「KABUKI LION 獅子王」では、市川染五郎さんがラスベガスから日本へと分身を送り込み、「超歌舞伎」では獅童さんが分身の術を繰り出した。
歌舞伎に限らず演劇やライブの演出、スポーツ中継などにも応用できそうな技術。NTTでは「ここがスタートポイント。2020年から先を踏まえ、日本のすばらしい文化を世界に発信していける手伝いができたら」(NTTの篠原副社長)と、今後の技術開発や展開に力を入れる考えを示した。
初音ミクのように、バーチャルなキャラクターを実在しているかのように受け止め、楽しむファンも増えている。そうしたファンに向け、ゲーム開発のユークス(横浜市神奈川区)が新しく送りだそうとしているプロジェクトが、4月16日に東京・秋葉原で開催された「ARperformers βLIVE」だ。
コナミデジタルエンタテインメント(東京都港区)で「ラブプラス」や「ときめきメモリアル Girl’s Side」を手がけたゲームプロデューサーの内田明理さんが、ユークスに移り始めたプロジェクト。CGで描かれたイケメンの男性キャラクターたちが、ステージ上に投影される形で現れライブを披露する、といったものだが、決められた進行どおりに歌って踊るだけでなく、トークセッションで観客席からの問いかけに受け答えをし、要望に応じて回転やバク転といったアクションも見せた。
キャラクターの背後に、ネットを通じてファンからの応援メッセージを映し出される双方向性も特徴。観客席にいて、専用アプリを導入したスマートフォンを振って応援した人の応援度合いを測定し、1番の人にキャラクターが感謝するような演出も行った。バーチャルでありながら、生きているかのように感じさせることで、ファンの感情移入をより強めていける仕組み。本格的に稼働し始めた時、新しいエンターテインメントが現れそうだ。
映画館も変わっている。映像に合わせて風や水滴、香り、せん光といった五感を刺激する要素を提供して、映像とともに楽しんでもらう技術が、各地の映画館に導入され始めている。その先駆けとなった「4DX」に対応したスクリーンで6月4日から、4DXのために作られた映画「雨女」が上映される。
ジャパニーズホラーを世界に広めた清水崇監督が手がけた作品で、映画のシーンに合わせるようにしとしとと雨が降る館内で、さまざまな刺激とともに恐怖シーンを体感できる。今はまだ既存の映画を“4D化”するケースが多いが、「雨女」のような4DX専用映画の登場をきかっけに、映画館とアトラクション施設が合わさったような、新しい娯楽が生まれてきそうだ。
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