会計ソフト業界に革新もたらす

日本発!起業家の挑戦
freee代表取締役の佐々木大輔氏

 □freee共同創業者・佐々木大輔氏に聞く

 会計という分野はディスラプティブ(破壊的な)テクノロジーと馴染まないのが普通だ。会計の性質から言って、結びつかない方が大抵の場合は良かったからだろう。しかし、日本企業の会計・経理のやり方はここ数年で劇的に変わりつつある。変化に貢献しているのが、個人事業主や中小企業に支持されるクラウド会計ソフトfreee(フリー)だ。

 ソフトをリリースした当時、既存の会計ソフト市場では変化が求められていなかった。グーグルを退職後、フリー(旧CFO)を2012年7月に共同創業し、現在代表取締役を務める佐々木大輔氏はそう話す。ソフトが使いにくくても、長年利用している人にとって当たり前の操作になってしまえば、新ソフトに切り替える必要性が感じられない。フリーは新しい価値をどのように市場に広めていったのだろうか。

 --フリーの特徴は

 「会計帳簿作成から見積書や請求書の発行、確定申告まで、あらゆる経理業務を効率化するクラウド型のシステムです。僕たちのやっていることは欧米ではかなり一般的になっています。たとえば会計ソフトと銀行口座やクレジットカード決済会社の情報を結びつけて同期することや、経費の分類を自動化したり、データ入力を簡素化したりといったことです。創業3年が経った今でも、日本ではまだ新しい機能だと言えます」

 ◆変化望まぬ市場

 --国内の既存ソフトがそれらの機能を追加しなかったのはなぜでしょう

 「伝統的に、国内の会計ソフトが簿記や会計の知識が十分ある人を想定して作られてきたからだと思います。業務のやり方がある程度決まってしまうと、それを変えたくない人は多いです。インターフェースを少し変更しただけでも、たくさん苦情が寄せられるというのが現実ですから、変化が生まれてこなかった。僕たちが革新的だと思っていても、実際にフリーのリリース前には会計業務の問題はもう解決されていて、これ以上大きな変化は必要ないという否定的な意見が多かったんです」

 --ディスラプトにはうってつけの状況ですね

 「はい。簡単ではありませんでしたけれど。やり方を変えれば作業を何十倍も効率化できると説明しても、やり方は変えずに速くさえなればいいと言う。そこで、これまでに会計ソフトを使う余裕がなかったスモールビジネスに価値を届けることを重点に置きました。会計知識がない人たちは、僕たちのシンプルなインターフェースを分かりやすいと評価してくれました」

 --具体的な顧客ターゲットは

 「個人事業主、フリーランサー、そして従業員10人以下程度のスモールビジネスを中心にしています。ソフトには無料プランがありますが、取引データの保持期間が1か月に限定されています。有料プランを利用すればデータは無期限に保持されて、いつでも表示・編集できます」

 --1か月では会計ソフトとしてあまり意味がありませんよね

 「そうとも言えません。フリーのユーザーには、請求書発行と年に一度の確定申告のためだけにソフトを使いたい人もいるからです。無料プランでもデータを簡単に入力でき、そうするとフリーが正しい書式で出力してくれるので、そういう人にとっても役立ちます。とはいえ、機能やサポートの充実しているプレミアムプランやビジネスプランでも月額3980円と手ごろなので、ユーザーの多くが有料プランにアップグレードしています」

 --最初は営業マンなしでユーザーベースを広げていったとか。難しかったのではないですか

 「想像されているよりも簡単だと思います。個人事業主や従業員5人に満たないようなスモールビジネスでは、打ち合わせに時間を割いて新しいプロダクトのプレゼンテーションを聞くような時間はありません。フリー自体も少人数のチームでしたから、最初は電話番号すら持っていませんでしたよ」

 --電話サポートなしですか

 「はい。最初はただそれに割く人員が足りなかったんです。今でもチャットとメールサポートの方が主です。リリース当初の機能制限はいろいろあって、最初はグーグルのクローム(ウェブブラウザー)にしか対応していませんでした。僕たちのユーザーはアーリーアダプター(初期採用者)で、そうした制限があってもシンプルなフリーのコンセプトを気に入ってくれました」

 ◆小ビジネスに焦点

 --なるほど。そこから、どのように信用を高め、リリース3年で60万事業所の利用実績を築くまでになったのですか

 「成長が信用を高めます。何万もの事業体がアカウントを作り、フリーが成長している様子を目の当たりにした企業は、僕たちのビジネスがうまくいっていることを認め、正体の分からないスタートアップではなく安定したビジネスとして僕たちを見るようになりました。もちろん今ではフリーに営業チームがいますが、いくら営業の電話をかけたり、パワーポイントのプレゼンテーションをしたりしても、企業からの信用を勝ち取ることにはなりません。実績の方がずっと効果的なんです。会計事務所向けに認定アドバイザープログラムを開始したことも役立ちました。公認会計士や税理士を招いて、フリーのオフィスや、遠隔ならウェブ経由でソフトの特徴や操作方法を説明するセミナーを開いています」

 --会計事務所の人たちは、フリーのスタッフがTシャツを着た若い人ばかりで驚いたのでは

 「そうですね、とても。でも、公認会計士や税理士の人たちは、会計ソフトの業界が長年まったく変わっていないことにもちろん気付いていて、飽き飽きしている人もいました。たとえば、フリーはクラウド型なので、アップルのMacで動かせる初めての会計ソフトでした。それまでは、事業にMacしか使っていない個人事業主やスモールビジネスの社長が経理の相談に来たら、会計士さんたちは「まず、ウィンドウズPCを買ってください」とアドバイスしていたんですから」

 --実際には、変化が必要な時に来ていたのですね

 「僕が10歳のとき、父がコンピューターを買ったんです。二つのアプリが入っていて、一つは会計ソフト、一つはゲームでした。過去25年間でゲームの世界はどれほど進化したでしょうか。フロッピーディスクを何枚も出し入れしていたあの頃と今では比べるのがばかばかしいほどです。一方の会計ソフトはほとんど何も変わっていなかったのです」

 --国内の顧客は、クラウドで会計データを保持することに抵抗はありましたか

 「それほどありません。仕事以外で、誰もがGメールやクラウド型のストレージを利用することに抵抗がなくなっていますから。また、規模の大きな企業も特に震災後はクラウドサーバーになじんでいます」

 ◆顧客の声にNO

 --会計業界にこれまでイノベーションが生まれなかった理由は何だと思いますか

 「日本のソフトウェア企業が顧客の声に耳を傾けすぎた結果だと思います。繰り返しになりますが、ひとつのやり方に慣れた既存顧客は変化を嫌がります。新しい物を創造し、イノベーションを生み出すとき、それがどれだけ良い物であっても、既存ユーザーの何割かを怒らせることになります。自分のビジョンを信じて、今いる顧客の機嫌を損ねるリスクを取るという選択をしなければ、将来もっとユーザーを獲得する可能性のある素晴らしいプロダクトは作れません。顧客の声に従っていては、既存のプロダクトを基礎に少しずつ小さな改善が見込めるだけです。それでは、イノベーションは起こりません」

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 ソフトウェア企業にとどまらず、国内の大企業が市場にイノベーションや破壊的テクノロジーをもたらすのに苦労し、多くの場合それに成功していない大きな理由のひとつを、佐々木氏は明白に説明してくれた。「顧客の声を聞きすぎる」傾向は、スタートアップにとっても成長を妨げる要因になり得る。顧客のフィードバックはサービス改善にとって重要だが、時にはその要求にNOと言うこともイノベーションのためには必要だ。

 クラウド会計ソフトにとどまらず、クラウド給与計算ソフト、会社設立、マイナンバー管理などのサービスで、フリーは多くのスモールビジネスの業務効率化を支える。今後、どこまで規模の大きな企業の基幹システム市場に踏み込んでいくのかという点にも注目しておきたい。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/