味の素「お肉やわらかの素」(2-1)

開発物語
鶏むね肉に「お肉やわらかの素」を振りかけ5分待つと調理後に効果が表れる

 ≪STORY≫

 ■構想5年 食卓にジューシー食感

 家庭の調理ではどんな困り事があるのだろう-。そんな視点から出発した肉の下ごしらえ用の調理料が、味の素の「お肉やわらかの素」だ。風味付け調味料とは異なり、調理前の肉に振りかけて5分放置すれば調理後の肉を軟らかくジューシーな食感に仕上げる「機能」を提供する。構想から5年目にして発売された意欲作は、国内では家庭向けとしての競合品のない、新ジャンル商品となった。

 「パパッとひと振り、軟らかジューシー。そんなキャッチフレーズに合致する、肉を軟らかくする粉状の商品の技術開発なんて。無理だろう…」

 2012年4月、食品研究所商品開発センターのコンシューマー調味料グループ、山田律彰さんが、企画から開発依頼されたときに抱いた率直な感想だ。

 味の素は11年7月、家庭向け商品の既存ブランドの枠外から次の一手となる新商品を生み出そうと、家庭用事業部に「新領域開発グループ」を新設した。グループ内での検討はゼロから始め、素材別に議論を重ねる中で浮かび上がったのが「肉が簡単に軟らかく、ジューシーになったらうれしい」というアイデアだ。

 続く消費者調査などでは「肉が固い・ぱさつく」「冷めたときに固くなる」という声があった。この問題の解決が消費者の役に立つ新商品の種とばかりに、技術開発への“無理難題”ともいえる依頼につながった。

 食品加工や外食など業務用商品には肉を軟らかくする粉状調理料がある。だが、業務用は粉を水に溶かして漬け込んで使う仕様で、今回の課題解決にノウハウの水平展開はできない。

 山田さんは、味覚や食感に優れると認定された社員をパネリストに、肉の軟らかさを構成する要素の洗い出しと相関性を分析。その結果、「しっとり感」「油脂感」「コク」「かみ切りやすさ」「繊維感」の5要素で成立することを突き止めた。しっとり感には水分、油脂感には脂を保持させて、かみ切りやすさと繊維感は肉の繊維を切ってほぐれやすくすればいい。約200種の原材料候補を集め、1種ずつ肉に振りかけ、5分置いては焼いて食べ、弾力性などを試した。地道な実験から、水分保持はでんぷん、繊維感を弱めるには酵素(タンパク質分解酵素)が適すると判断した。

 だが、振りかけて肉表面に付着させるだけでは、酵素やでんぷんはなかなか内部に入らず、5分間では厚めの肉で軟らかさが得られない。タンパク質はアミノ酸が鎖状に連なった構造を持ち、選んだ酵素はアミノ酸配列が特定の組み合わせの部位に作用してつながりを切る。タンパク質分解酵素として一般に知られるパパインよりも切断できる部位が少ないため、長時間放置しても肉が融(と)けることはないが、酵素の作用だけでは肉の内部に素早く入り込むのは難しかった。試行錯誤の結果、食塩とアミノ酸がタンパク質同士の結びつきを緩めて隙間を作り、でんぷんや酵素が浸透しやすくすることが分かった。

 コクは独自素材のグルタミルバリルグリシンで増強、油脂感は増粘多糖類で肉表面を覆って確保。放置時間5分で軟らかくなり、長時間放置でも肉が融けることもない。配合の基本レシピは当初想定の数百種類から10種程度に絞り込んだ。依頼から1年3カ月が経過していた。

 この間、家庭用市場に塩こうじブームが到来。肉を漬け込むと軟らかく仕上がると人気で、スーパーの売り場を占拠していた。企画側の新領域開発グループが再度、消費者調査をすると「『振りかけて肉が軟らかくなる粉は化学的な感じで気味が悪い』との回答があった。このイメージでは発売は難しい」と、同グループ専任課長、小川聡さんは振り返る。

 企画の練り直しを断行した。誰のための、どんな場面で役立つ商品なのか。酵素の力で肉を軟らかくする機能を押し出していいのか-。挙がったキーワードは「時間差夕食をおいしく」「酵素(の力)」「鶏むね肉」「シニア層」。消費者インタビューにぶつけると「酵素で肉が軟らかくなるとの理由説明に、それは良い、との反応だった。これなら気持ち悪いとはいわれない」(小川さん)。

 既存調味料のようにしょう油などの風味付けを行う選択肢も挙がっていたが、肉を軟らかくする機能は隠れてしまい、使用場面は限られる。当初のコンセプトなら「味付けの余地は手間につながるが、使用場面は広がる。機能を押し出した独自性で新領域となる可能性は大きい」と小川さんは判断した。結局、検討に約1年が掛かり14年夏を迎えた。

 開発チームの2人はさらなる壁にぶち当たる。研究所でのモニター試験でボトル入り商品を使ってもらうと、全員が軟らか効果を発揮する必要量を肉に振りかけられなかったのだ。規定の必要量は肉100グラム当たり2.5グラム(小さじ1杯分程度)で、使用者にはかなり多い分量に感じ、粉物は袋入りが主流で使い慣れないのも一因だった。必要量を使わないままだと消費者からのクレーム原因になる。振りかけ動作がしやすく、唐揚げ粉と誤認されぬよう、瓶をイメージした袋パッケージに切り替えた。

 商品名は約200から2候補に絞ったが、最終段階のモニターテストで、使用感評価が高かった「お肉やわらかの素」に決めた。

 メインターゲットを育ち盛りの子供がいる家庭にした結果、購買層の5割を占めている。うれしい誤算は購買層の4割が60代以上のシニア世帯で、肉を食べにくく感じていた人を取り込めたことだ。

 機能を前面に出したことが商品の広がりを生んだことになる。創業商品「味の素」は市場になかったうま味を加える機能を有する調味料として登場、今に続いている。その遺伝子を抱く新時代の商品として市場を作り、生き残れるのか。勝負の時を迎えている。