ドイツ生まれでも“アメ車” フォードはなぜ日本で売れなかったか?
世界的な自動車メーカー「フォード」が、年内に日本市場から完全撤退する。マスタング、エクスプローラー、フォーカス…自動車ファンに高い人気を誇る名車を生み出してきたビッグブランドが、なぜ日本を去ることになったのか? 市場では「“アメ車”(アメリカ製の車)は売れない」と言われるが、実はフォード製の半分が欧州で企画・設計された“ドイツ車”であることは、あまり知られていない。筆者の試乗体験を踏まえ、フォード車の真の実力を検証する。(上野嘉之)
「投資効果見込めない」と決断
1月25日、フォード完全撤退という衝撃的な発表が日本中を驚かせた。
「収益性確保に向けた合理的な道筋が立たず、投資に対して十分なリターンは見込めない」
これが決断の理由だ。日本法人は年内に閉鎖し、従業員約290人は解雇。販売店網も消滅し、日本での製品開発は他国に移す。また、人口2億5000万人と日本より多いインドネシアも、同様に投資効果が見込めないとして撤退する。
この報道に対し、ネット上では「びっくり。新型マスタング(右ハンドル)に期待していたのに…」「めっちゃショック。将来お金貯めていつか…って思ってたのに」「最近のフォード車はすごく良くなっただけに残念」などと惜しむ声が相次いだ。
米国のフォード本社は1903年に創業し、自動車大国アメリカで「ビッグスリー」の一角として君臨してきた。初期の名車「T型フォード」は、世界で初めて流れ作業で大量生産された自動車として産業史を彩り、教科書にも登場する。
日本との結びつきも極めて深い。対日輸出が始まったのは日露戦争後の1905年。25年には日本法人を設立し、横浜市の工場でノックダウン生産を行っていたという。戦中・戦後の混乱期を経て再び日本でのビジネスに取り組み、現在のフォード・ジャパンは74年から営業してきた。
また、79年から2015年まで日本メーカーのマツダに資本参加し、小型車を共同開発するなど密接に関わってきた。
日本での販売は低迷
しかし、日本での販売は低迷を続けた。SUV(スポーツ用多目的車)ブームだった1996年に過去最高の2万244台を販売したものの、ここ数年は5000台以下。日本自動車輸入組合によると、昨年のフォードの乗用車の販売台数は4856台で、外国メーカー車に占めるシェアは1・7%にとどまった。
ただ、これはフォードだけではなく、アメリカブランド全体の問題でもある。輸入車市場ではメルセデス・ベンツとフォルクスワーゲン(VW)、BMWのドイツ勢がそれぞれ10%以上のシェアでトップ3を独占。米国ブランドは、好調なクライスラー「ジープ」が2%程度、GM「キャデラック」は年間販売1000台を下回る。フォード・ブランドの苦戦は“アメ車”の低迷をそのまま反映している。
自動車専門誌「NAVI CARS」の河西啓介編集長は、「クルマに関して、日本人はヨーロッパひいき。アメリカ車のイメージで販売を伸ばすのは難しい」と指摘する。
半分は「中身がドイツ車」
しかし河西編集長は、「実はフォード車の半分は、中身がドイツ車」と明かす。グローバルメーカーのフォードでは、開発・生産部門がアメリカと、ドイツを中心とする欧州に分かれ、それぞれ消費地に適した車種を開発・生産しているのだ。
アメリカの広大な大地を疾走する大型スポーツカーやSUVは、祖国アメリカで開発。小型のファミリーカーなどはドイツを中心に開発する。こうして、欧州やアジアの細く入り組んだ道を走るのに適し、燃費もよく経済的な小型車をヨーロッパから世界へ送り出してきた。
今年、日本で販売されている6モデルのうち、コンパクトカー「フィエスタ」、ミドルクラスの「フォーカス」、コンパクトSUV「エコスポーツ」、ミドルSUV「クーガ」の計4モデルが欧州フォード製。生粋の米国製は、スポーツカー「マスタング」と大型SUV「エクスプローラー」の2モデルしかない。
しかも、近年の欧州フォード製のモデルは世界的な評価が非常に高い。
フォーカスは初代モデルが1998年に登場して以降、世界中で売れに売れ続けており、VWゴルフやトヨタ車などを抑えて「生産台数世界一」に何度も輝いてきた。フォードによると、2011年に発売された現行フォーカスも、12年、13年と2年連続でVWゴルフなどを抑えて世界で最も多く販売された車種になったという。
また、フィエスタが搭載する高効率の997ccターボエンジンは、低燃費とハイパワーを両立し、4年連続でインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーを受賞。小型車の秘術でも世界をリードしてきた。
河西編集長は「2000年ごろ、フォーカスに初めて乗ったとき、自分も欲しいと思った。骨太の走りで、クルマとして本当によかった」と振り返る。
自動車ジャーナリストの河口まなぶさんは、「フォーカス、フィエスタといった欧州フォードのFF(前輪駆動)モデルはかつて、ハンドリングの面でドイツメーカーをしのぎ、世界のコンパクトカーのお手本といえる存在だった。安定性と、意のままに運転できる操縦性のバランスが極めて高い」と評価した。
それでも日本では、フォード車は「大きくて燃費の悪いアメ車」というイメージばかりが先行し、人気が盛り上がることはなかった。
「ドイツ生まれ」は小気味よいハンドリング
記者は昨年、フィエスタ、マスタング、エクスプローラーのフォード3モデルを試乗する機会を得た。そして「性能はドイツ車や国産車に劣らない。個性もあって魅力的。もっと売れてもいい」と強く感じた。
特に印象深かったのが、フィエスタ。3気筒の小型軽量ターボエンジンが特徴のコンパクトカーだ。国産車ならトヨタ「アクア」、ホンダ「フィット」などと同じクラスに分類される。
全長が4mに満たない小さなボディながら、クラシックとモダンを織り交ぜた美しい外観が特徴。インテリアはスポーティーな装いに統一され、男性でも女性でもスタイリッシュに乗りこなせる懐の深さがある。
室内は十分に広く、オートスピードコントロール、リアビューカメラなど充実の装備を備える。
エンジンは小排気量ながら、加速など必要なタイミングでターボチャージャーの過給が最大限発揮され、いつも驚くほど力強い。不快な音や振動は抑制され、心地よい排気音やフィーリングが演出されている。
また、デュアルクラッチ方式6速トランスミッションを搭載。スポーティーな走りにはマニュアルで、ジェントルなドライブにはオートマで操作でき、好燃費にも貢献している。
エンジンが小さいため車体前部の重量が軽く、それが小気味よく素直なハンドリングに結びついていた。山道に入っても車体は安定を失わず、挙動が予測しやすいため、ドライバーに安心感をもたらしてくれた。
アメリカ製はマッチョな魅力
一方、アメリカを代表するスポーツカーのマスタングは、問答無用のカッコよさが魅力だ。伸びやかでマッチョなデザインは、イタリアやドイツのスポーツカーの華麗さとは異なり、圧倒的な存在感で周囲の目を引きつける。
重量が1660kg、車体の幅は1920mmもあるフルサイズのスポーツカーだが、エンジンの排気量は4気筒2260ccとファミリーカー並み。しかしフォードの最新テクノロジー「エコブースト」ターボにより、最大出力341ps、最大トルク44.3kgという強大なパワーを低回転から発揮し、豪快に加速する。燃費は、従来モデルと比べて画期的に向上したという。
また、プレミアムカーにふさわしいボディー剛性が感じられ、ハンドリングも乗り心地も高水準。レザーシート、8エアバッグ、リアビューカメラなど装備面も抜かりはなく、運転中は快適そのものだった。
しかし何といってもマスタングの魅力は、アメリカン・スポーツカーとして歴史を重ねてきたアイデンティティだろう。その名を聞くだけで自由を連想するような、大胆で力強い個性。理屈抜きで胸が高鳴るスーパー・スポーツだ。
SUVのエクスプローラーは、全長5m02cm、全幅2mで、3.5リッターV6エンジンを搭載。パワーも積載能力も余裕たっぷりで、後部座席を電動フルオートで畳めるなど高級装備も盛りだくさん。悪路踏破性は折り紙付きだというが、ゆったりと余裕あるドライブを楽しむための、大人のSUVだと感じた。
「ワン・フォード」へ ブランド統一は道半ば
アメリカ製の大きなフォード車は、アメ車ならではの豪快な魅力を放っている。一方、欧州生まれのフォード車は、性能、品質などの面でドイツや日本のメーカー製にひけをとらず、実際に欧州の市場でも高く評価されている。
しかし、欧州フォードという存在は日本人にとって分かりにくい。NAVI CARSの河西編集長は「国籍ではドイツ車なのに、アメリカ車のイメージが強い。クルマの良し悪しと人気が一致しないことがよくわかる例。それだけ、ブランドイメージの確立が難しいということでもある」と指摘する。
自動車ジャーナリストの河口さんは「販売店やサービス網の少なさ、また商品自体の個性という面で、(他の輸入車と比較して)あえてこのブランドを選ぶ理由があまり感じられなかった」と率直に指摘。「ブレッドアンドバターカー(生活道具としてのクルマ)ならば国産車、という意識も日本の消費者にはあったと思う」と分析する。実用性で国産車と比べれば、輸入車はどうしても割高に感じられることは否めないという。
近年、フォード自身が「ワン・フォード」を掲げ、米国や欧州にかかわらずブランドアイデンティティーを統一しようとしていた。その道半ばで、日本からの撤退が決まってしまった。
輸入車販売業界では、フォードの撤退について「日本のマーケットが見放されてしまった」という思いがあり、他の欧米ブランドもフォードに続いて日本を撤退しないか、不安視する声が挙がっている。欧米の主要メーカーが、成長著しい中国、インド市場に注力しているのも事実だ。
今後、フォードが日本に帰ってくることはあるのだろうか? 河西編集長は「フォードにしか作れない車があり、フォードの熱心なファンがいる。マニアックでニッチな車だけでもいいので、輸入が再開されることを願っている。フォードの火が消えてしまうのは寂しい」とラブコールを送る。
一方、河口さんは日本再参入の必須条件として「安全装備や、フォードが得意とするテレマティクス(移動通信を利用したサービス提供)の充実」を挙げる。フォードは、ITを生かした“クルマの情報化”でも世界最先端を走っているからだ。
「85万円プレゼント」も
フォード・ジャパンは6月14日、日本撤退後のアフターサービスについて、10月1日から輸入自動車・オートバイの販売を手掛けるピーシーアイが提供すると発表した。部品供給、車両保証、リコールなどのサービスは今後も継続され、ユーザーは不安なく乗り続けることができそうだ。
またフォード・ジャパンは撤退前の在庫一掃に向けて、新車購入資金を最大で85万円もプレゼントする「サンクスセール」を開催している。SUVのクーガは実質85万円引き、フィエスタは実質55万円引きとなる。アフターサービスが継続されることを勘案すると、個性的で魅力的なフォード車に関心がある人には、購入の選択肢に入ることだろう。
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