世界を広げるVRやAR技術 2020年代はどう変わる?
VR(仮想現実)やAR(拡張現実)といった新しいテクノロジーの力で、世界が広がろうとしている。ソニー・インタラクティブエンタテインメント(東京都港区)が今年秋に発売するVRヘッドマウントディスプレイの「プレイステーションVR」は、仮想の世界に自分が入り込んだような感覚にさせてくれる。世界中で話題沸騰の「ポケモンGO」は、現実に仮想の世界を重ね合わせて見え方を変える。エンターテインメントに限らず様々な可能性を持ったこうした新技術の可能性を、日本で早くからVRの研究に取り組んできた研究者たちが語った。
「3DとVRの進展は30年周期で起こる。そして、ここに来てVRが新しい熱狂を生もうとしている」。そう指摘するのは、VRやテレイグジスタンス(遠隔臨場感)の研究で知られる東京大学名誉教授の舘暲(たち・すすむ)氏だ。
コンテンツ東京2016という、コンテンツ関連技術やキャラクター資産などを持った企業が出展する展示会で、「VRでエンターテインメントは進化する ~歴史から学ぶ未来と、最新の技術動向~」というタイトルで講演した舘氏は、「2020年代が新しいVRの進展期になる。それに向かっての助走が始まった」と訴えた。
「3Dの進展を見ていると、30年ごとに大きく盛り上がる」という舘氏。1920年代に最初の3Dが出て、1950年代にも3D映画が登場して話題になった。「1985年につくば市で開かれた科学万博で3Dが上映され、テーマパークにも3Dが入ってきた。2010年代には映画やテーマパークだけでなく、テレビやコンピューターに3Dが使われるようになった」とこれまでの流れを振り返る。
そして「3Dの10年後くらいにVRが生まれてくる」と舘氏。「3Dが見えると、人は全体を見渡したくなり、そのための3Dが生まれてくる。それがVRだ」。見たいという欲望をかなえる技術が生み出され、そのための器機が作り出される。実際、OculusRiftやHTC Vive、PSVRといったヘッドマウントディスプレイが登場し、それらに対応したコンテンツがどんどんと作られている。東京オリンピック/パラリンピックという映像表現を大きく変えそうなイベントを経た2020年代に、VRの技術もコンテンツも、ひとつの到達点を見るという訳だ。
コンピューターの中に作られた世界を動き回るようなVRが、ゲームなどの分野で期待されている。ライブ会場に全天周のカメラを設置して、遠隔地からライブに参加している気になれるVRも提案され始めている。アーティストのビョークは、ミュージックビデオをVRで制作し、かたわらにアーティストがいるように感じられる映像を世に出した。7月18日まで日本科学未来館で公開され、今までに無い体験でファンを驚かせた。
「遠隔就労や介護医療といった分野」にもVRの利用が進みそうだ。寝たきりになって孫の結婚式に参加出来なかった祖母が、VRヘッドマウントディスプレイを着けて首を回すと、披露宴の会場に置かれたペッパーの首が回って、会場を見渡す。そんな実証実験が行われている。
1989年にVRという言葉が生まれて四半世紀。その間にVRは「性能的には100倍以上で、価格は1000分の1になった」と舘氏。「高いままでは経験ができず、いくら良いと言っても分からない。安くなって性能が良くなり、皆が作ったソフトが共有できるようになれば、爆発的に進展するだろう」。誰もが求める使い方を考え、欲しがるコンテンツを送り出すことで、来たるVR時代の覇権を握れるかもしれない。
もっとも、「周辺装置は安くなったが、それで広がるかというと、ビジネス的には大変になる」という声も。やはりコンテンツ東京2016で講演した、東京大学大学院情報理工学研究科教授の廣瀬通孝氏によれば、「参入障壁が下がるので、首尾良く手に入れた人たちは良い地位を占めることができる。だが、太洋にいろいろなところから人が入ってくるため、生き残るのは大変だ」という。
「ポケモンGO」が人気になったのは、ARゲーム「Ingress」を開発したナイアンティックが持つ位置情報ゲームのシステムやノウハウと、「ポケットモンスター」という世界屈指のコンテンツ資産が合わさったから。他者が追随しようにも、技術や資産的に見て同規模のものをすぐに作ることは難しい。
それでも、ARという技術が使われた「ポケモンGO」がブームになることで、一般のARへの理解は広まり、期待も高まった。今後はどういった情報を現実の世界に重ね合わせて表示すれば、どういった利点があるかを考え、サービスにつなげる動きが活発化するだろう。
廣瀬氏のところからも、ARを使ったサービスが生み出されている。東京都千代田区にかつてあった交通博物館を、ARの技術を使ってスマートフォンの中に蘇らせるアプリ「万世橋・交通博物館 思い出のぞき窓」だ。今はマーチエキュート神田万世橋が建つ地域に行って、アプリを導入したスマホをかざすと、すでに取り壊されてしまった建物や、置いてあった車両が現れる。
こうしたARによる現在と過去とをつなぐ試みは、観光サービスを発展させそうだ。「市民が参加して、それぞれが持っている写真をウェブページに入れていく。その写真を見て、位置を調べて現在の場所を重ね合わせる」。そうすることで、地域の歴史を情報として提供して、観光客を呼び込めるようになる。行政や企業が大々的に参画しなくても、地域で過去情報のデジタル化が行えれば、低コストで地域の活性化に役立つサービスを生み出せる。
VRやAR、AI(人工知能)といった新しい技術が続々と生まれ、利用され始めている。どう使えば楽しいか、便利かといった発想から生まれてくる新しいサービスやコンテンツが、他のクリエーターを刺激して別のサービスやコンテンツを生み、そして技術の発展を促す。そんな連鎖が起こりそうだ。
関連記事