起業家と大企業をイベントでつなぐ

日本発!起業家の挑戦
スラッシュ・アジア代表のアンティ・ソンニネン氏

 □スラッシュ・アジア代表 アンティ・ソンニネン氏に聞く

 5月半ばに千葉・幕張で国内最大級のスタートアップ企業向けイベント「SLUSH ASIA(スラッシュ・アジア)2016」が開催された。フィンランドで08年に始まった欧州最大規模の「スラッシュ」が昨年日本に上陸し、今年が2回目だ。

 私も登壇したが、スラッシュ・アジアは国内で開かれる他のイベントとはかなり様子が違う。スタートアップ支援イベントの運営は会社経営とは異なるが、ビジネスモデルがあり、製品があり、顧客がいる点では同じ。派手な盛り上がりの裏側をスラッシュ・アジアの日本代表アンティ・ソンニネン氏に聞いた。アンティは母国フィンランドでの起業、人気ゲーム開発企業の日本法人立ち上げの経験を持ち、現在も日本で自身の会社を経営する起業家だ。

 ◆閉鎖が招く悪循環

 --先日のイベントには約4000人が訪れ、大盛況でしたね

 「昨年から約1000人来場者が増えました。企画段階から400人以上の学生ボランティアが動いてくれました。スラッシュ・アジアの開催を可能にしたのは彼らと言ってもいいです」

 --日本のスタートアップ向けイベントをどう見ていますか。スラッシュ・アジアは他とは違ったものを目指しているとか

 「日本でもよいイベントが増えてきていますが、改善できるところはまだまだあります。問題の本質は、国内に閉鎖的なスタートアップ・コミュニティーが多いことです。招待制だったり、1つのコミュニティーに帰属意識のある人は他のコミュニティーが主催するイベントには参加したがらなかったり、参加を許可されていなかったりします。エコシステム全体の循環を滞らせる大きな問題です」

 --どこをどう変えるべきでしょう

 「イベントはもっと色々な立場の人を巻き込んで行われるべきですが、同時に、実際に起業して製品やサービスを世に出している人達に焦点を当てなければなりません。スタートアップ支援イベントといいながら、主催者である組織にフォーカスしたイベントにこれまで何度も行きました。彼らがスタートアップを支援するために何をしているか、スタートアップ界の活性化のために社会が取り組むべきだと彼らが考えることの説明に終始して、起業家やスタートアップ側の人からは何も聞けないイベントもあります。スラッシュ・アジアではその現状を変えたいんです」

 --野心的ですね。しかし、大規模なイベントでは誰かが費用を払わなければなりません。ビジネスモデルを教えてください

 「スラッシュ・アジアの規模では、イベントの予算は7桁(100万ドル以上)になります。収入の5割強は企業の協賛によるもので、残りがチケットの売り上げです」

 --企業は協賛することによって何を得られるのですか

 「企業によりさまざまで、ニーズに応じてパッケージを用意しています。学生ボランティアを採用することに関心のある企業もあれば、イノベーションやスタートアップとのつながりを印象付けたい企業がブランド構築のために協賛する場合もあります。今年はリクルートがメインパートナーになりました」

 「協賛企業の多くにとって、スタートアップのコミュニティーと直接関わることがイベントの最大の目的です。たとえばイベント前に開催したハッカソン(ハックとマラソンを組み合わせた造語)では、参加者がソフトバンクグループのロボット「Pepper(ペッパー)」用のアプリを作ったり、日本航空向けに快適な旅行体験を創造したりしてアイデアを競いました」

 ◆スタートアップ売る

 --イベントにはどんな人が参加していますか

 「英語を公用語とするイベントですが、参加者の60~65%が日本人、残りが外国人で、適当なバランスだと思います。スタートアップ、学生、ベンチャーキャピタリスト(VC)、投資家などそれぞれに向けたチケットを用意しました」

 --内訳は

 「スタートアップ向けのチケットが400枚売れましたから、参加者の1割ですね。投資家が100人、メディア関係者が200人といったところですが、チケット購入者で最も多いのは大・中規模の企業で働く人たちです。日本のスタートアップやスラッシュ・アジアの協賛企業と直接関わりのない企業からの参加者が多数を占めています」

 --7~8割の参加者がスタートアップとは日常的な関わりを持たないということですね。彼らにとって、スラッシュ・アジア参加の目的は

 「多くの人は単に好奇心から参加していますが、オープンイノベーションの機会を探っている企業から担当者が参加することもあります。スラッシュ・アジアをスタートアップとつながる機会と捉えているのです。彼らはスタートアップをイノベーションの源として見ていますが、実際にはスタートアップについてよく分からないのでイベントを足掛かりにしようと考えます」

 --チケット購入者にスタートアップという「製品」を売り込むというわけですか

 「そのように見ることもできるかもしれませんね」

 --日本社会におけるスタートアップの現状をどう見ますか

 「スタートアップの周期性は世界中で見られる現象ですが、日本国内にスタートアップが今よりも必要だということは間違いありません。日本では今でも多くの物事が大企業によって動かされており、経済の回復は遅れています。日本人は諸外国に比べて、起業家になれると考える人の割合が大変低いのも事実です」

 ◆ロールモデルが必要

 --変化の兆しはありますか

 「まだ何とも言えません。国内に必要なのは、起業家として若者のロールモデルになれる人です。最近の傾向として残念だと感じるのは、若い人たちが起業家よりもVCに憧れを抱いて自分もなりたいと志していることです」

 --非難することはできませんよね。会社を始めるよりそちらの方がずっと簡単ですから

 「その通りですが、私は彼らが大事なことを見逃しているのではないかと思います。日本社会は階層的な構造になっています。それが原因かもしれませんが、多くの若者がVCをスタートアップのエコシステムで最も重要な部分として見ているように思えます。もちろんエコシステム内にVCは不可欠ですが、社会に変革をもたらすのがVCというわけではないのです。それよりももっと重要なのが新しいものを生み出す起業家たちです。日本に必要なのは起業家です」

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 スタートアップ向けイベントが、スタートアップとは何の関わりも持たない企業から巨額の収益を上げていることは非常に興味深い。ある意味では、イベントのビジネスモデルはスタートアップとのつながり方が分からない大企業に、スタートアップへのアクセスを売ることだと言える。

 どんな業種であっても、ビジネスにおいては誰が顧客で、何を製品として売るのかということを明白にしておかなければならない。スラッシュ・アジアはそれに成功している。

 私はイベントのあり方を批判しているのではない。スタートアップ側はこうしたイベントに価値を見出しているから参加しているのだ。売り物になることも悪いことではない。スラッシュ・アジアにとってはスタートアップが製品であり、今日の記事ではアンティが製品だ。読者に製品価値を感じてもらえただろうか。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/