安全な自動運転技術、オムロン挑戦 最先端AIを搭載した車載センサー
ドライバーの運転集中度、リアルタイムで判定
2018年にも始まるとされる自動車の自動運転。センサーや制御を軸にした電子技術が、いよいよドライバーにとってかわるのかもしれない。しかし、そこに至るまでの課題はたくさんある。事故の無い自動車社会は実現できるのか。センサーや制御に強みを持つ電子機器メーカーのオムロンは、画像センシング技術などを活用し、安全な自動車社会の実現に挑んでいる。(青山博美)
■新技術で自動車の安全運転支える
今年6月上旬。オムロンは自動車のドライバーの状態をリアルタイムに判定できる世界初となるセンサー「最先端AIを搭載した車載センサー」を発表した。手のひらに載る程度の大きさながら、自動車ドライバーの多種多様な行動や状態を察知し、ドライバーが運転に集中しているかを判定する。
時系列ディープラーニング
「リアルタイムで危険度合いまで判定する従来にないもの。画像センシング技術と“時系列ディープラーニング”といわれるAI(人工知能)技術を組み合わせることで実現した」(オムロン技術・知財本部センシング研究開発センタ画像センシング研究室長の川出雅人氏)
自動車用の危険防止装置などは各種製品化されているが、これまでのものは居眠りや脇見を検知し、警報を発するといった機能に特化していた。これに対し、今回発表のセンサーは脇見や居眠りはもちろんだが、前方注視や緊急事態、パニック状態、スマホ操作、眠気といったドライバーのさまざまな行動、状態に対応する。
カメラで検知した画像から「局所的な顔の情報」と「大局的な動作画像」を抽出。これらを“時系列ディープラーニング”によって分析して自動車運転に際する危険度を判断する。
オムロンでは、この技術が初期の“自動運転”でも有効に活用できるとみている。初期の自動運転では“高速道路は自動モードだが、一般道に出ると手動運転に切り替わる”といったケースが考えられる。しかし、自動から手動に切り替えるタイミングで、ドライバーが居眠りをしていたら…。
今回発表のセンサーは、こうした事態にも的確な対応が期待できるという。例えば、ドライバーが前方注視や脇見をしている場合を“レベル1”と分類する。この場合、ドライバーは通常の運転時と同じ状態と判断し、そのまま手動運転に切り替える。これに対し、眠気、読書、スマホ操作が検出された場合は、手動運転への切り替えを危険と判断し、ドライバーに警告を発する(レベル2)。居眠りや緊急事態が検出された場合は、車両を路肩に停車することも可能(レベル3)となる。
しかし、こうしたきめ細かな判断は、どうして可能になったのだろうか。
同社は、さまざまな人種かつ老若男女のヒトの顔をさまざまな角度から撮影し、これらをデータベース(DB)化してきた。画像データは、局所的な濃淡を大小関係で表し、これを1か0という最少データに置き換えて処理している。このため、大きなコンピューター機器を要さず、手のひらサイズに数千枚という画像から得られたデータを収めることが可能になった。
ドライバーの状態を高精度で判定するカギはこの画像処理技術とDBに支えられている。と同時に、判断という面では“時系列ディープラーニング”の役割が大きい。これは、近年学会発表なども多く見られるようになった「RNN(リカレント・ニューラル・ネットワーク)」などといわれるAI技術の一種だ。その実用化はまだこれからのテーマだが、同社はその考え方を応用している。
自動運転車への搭載目指す
ドライバーのこれまでの状態や行動を時系列で比較し、その次に現れる状態や行動を予知する。多様な状態や行動から、危険度をレベル分けして判断するためには、瞬間の画像だけでは不十分。精度の高い判断のためには、一連の動きを時系列で追うにこしたことはないからだ。
このため、同センサーは必要な部分についてのみ、精細度の高い画像を用いている。特に目の画像は重要だ。瞬きやまぶたの開き具合、それらの変化や推移が、危険予知のカギを握っている。
同社は今年以降、このセンサーを活用した実車試験も始めたいとしている。目指すは18年以降に登場する自動運転車への搭載だ。これにとどまらず、同社はさらなる高度化も視野に入れている。「この生体センシング技術の延長線上で、ドライバーの体調、居眠りの予知にも取り組みたい」(技術・知財本部センシング研究開発センタ専門職の諏訪正樹氏)としている。
ヘルスケア機器を扱うグループ会社とも協力し、さまざまな生体センシング技術と連携させることにより、自動車に乗るだけで体調がわかる、という時代も夢ではないという。同社は「こうした高度に発展したセンサーについても26年以降の実用に向け研究を続ける」(同)としている。
■“顔認識”など画像関連技術は20年の実績
オムロンは、センサーや制御に強みを持つ電子機器メーカーであり、工業製品の生産現場や交通信号、医療・健康機器など多様な分野で多くの実績を有している。今回のセンサーを開発する上で大きな役割を果している画像関連技術も、同社が得意とする分野だ。
近年多くのデジタルカメラやスマートフォン、デジタル家電などに導入されている“顔認識機能”では、50%ものシェアを有しているとみられている。同社の顔認識技術をはじめとする画像関連技術の開発は1995年にスタートし、すでに20年もの歴史がある。コンパクトな機器にこうした機能を持たせるため、処理能力の小さなプロセッサーでも利用できる“小さなデータ”の活用が特徴だ。
実はこれが非常に難しい。というのも、一般的な画像データは容量的に大きい。おのずと、パワーのある処理装置が必要となるケースが多い。同社は、長い研究の歴史の中で、そうした画像データから必要な部分を極めて小さな信号に置き換えて処理するノウハウを蓄積してきた。
一方、自動車関連についても多岐にわたるビジネスを展開している。窓の開閉スイッチや電圧変換装置、姿勢制御、各種センサーなどのほか、ドアロックの遠隔開閉システム「キーレスエントリー」の実用品を世界で初めて発表するなどの実績がある。自動運転などにつながるものとしても、車外の状況を把握するためのセンサーやシステムを考案し、衝突などを避けるための支援装置などに強みをもっている。同社のこの分野における事業規模は年商1400億円に達する。
今回のセンサーは、そんな自動車関連ビジネスでの実績と、20年の伝統を擁する画像関連技術という2つの強みを生かした取り組みでもある。
自動車をより安全で快適なものに…。オムロンの自動車関連ビジネスは、これからがおもしろい。創業以来、ヒトと機械の未来に焦点を合わせてきたオムロン。同社が育てる“機械の目”は、どんなヒトと機械の未来を見せてくれるのだろうか。
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