ウーバーが日本で失敗した本当の理由(1) 革新的サービス会社として市民に支持されず

 

 2009年に米サンフランシスコ・ベイエリアで創業されたウーバー。配車アプリともライドシェアサービスとも呼ばれるが、日本で目にするタクシーの配車とは異なり、車両を持つ一般の運転手と乗客をマッチングさせるアプリで、客が配車を依頼すると運転手が有償で送迎する。米国の都市を中心に成功を収めているが、日本でのウーバーの悲惨な失敗についてはすでに記事がたくさん書かれている通りだ。

 その原因としてよく指摘されているのは、日本の都市には安全で、適切な料金体系のタクシーがあふれているためということだ。もちろんそれも事実だが、失敗につながったもっと重要な真実はあまり語られていない。

 個人的な法令破り

 新しい市場への参入が成功するかどうかは、製品が市場に合うか、十分な資本があるか、地元企業との競争が激しいかなどの要素だけでは決まらない。ウーバーが日本市場でした過ちをおかさないということにこそ成功が隠されている場合もある。

 ウーバーは新しい種類のスタートアップを代表する存在だが、米国で彼らが成功した理由そのものが、日本での失敗を運命づけてしまった。この惨劇の裏側をよく見れば、米国と日本ではディスラプション(破壊)の起こり方が異なるという真実が明らかになる。

 何が起こっているか理解するためには、まず、聞こえの良い「シェアリング・エコノミー」というくだらない表現は一度脇へ置いておく必要がある。

 ウーバーや、民泊で話題の空き部屋マッチングサービスAirbnb(エアビーアンドビー)はいずれも法律や規制の格差を利用するビジネスモデルだということを理解しなければならない。米国で既存のタクシーやホテルに比べて新興サービスが価格の面で圧倒的に有利なのは、競合する既存各社が従わなければならない法律や規制をわざと無視しているからだ。ウーバーの運転手のほとんどは旅客自動車運転手や送迎運転手としての免許や資格を持っておらず、営業登録、保険加入、車両の定期点検を行っていなかったり、「アメリカ障害者法」に従っていなかったりする。また、エアビーアンドビーのホストは日常的に各国の都市計画法や自治体の法令を無視し、宿泊税の納税や安全基準、保険加入を怠っている。

 このビジネスモデルの非常に巧妙なところは、法令破りの大部分は運営会社ではなく運転手やホスト個人によってなされているというところだ。彼らは会社の従業員ではないため、ウーバーやエアビーアンドビーはその行為に対して責めを負わない。運営会社の法的立場によれば、ウーバーやエアビーアンドビーは単なるプラットホームで、運転手やホストは自らの意思で営業している独立契約者に過ぎない。明らかにナンセンスだが、この法的な虚構が作り上げる強固な盾により両社は守られている。

 信用されない企業

 米国ではサービス開始当初、両社が法に反しているわけではないことから当局が積極的に取り締まりに動こうとはしなかった。しかし、2012年にはワシントンDCでウーバーの運転手が摘発され、それを受けてウーバーが先導する過激な反動が即座に巻き起こった。

 ウーバーは革新者であり、世の中の進歩を逆行させる規制当局によって、ただ毎日の暮らしを良くすることを望む勤勉な市民が摘発されているという見方がされたのである。

 これ以上に米国らしいビジネスモデルがあるだろうか。現在、ウーバーは米国で数百人のロビイストと契約し、敏腕キャンペーンマネジャーを採用し、何千万ドルもの予算を投じて、各州で自社のサービスの成長を後押しする法律を成立させている。協力的でない地方議会議員がいれば名指しで批判し、タクシー業界との癒着があるのではないかと糾弾する。

 同時に、全米の法廷では規制当局に対抗する地道な作戦を展開している。当局の動きは遅いかもしれない。しかし、いずれその手は迫ってくる。規制当局が「事故の統計を見たい」と言えば、ウーバーは「訴えてみろ」と言う。当局が勝てば、控訴する。それに当局が勝てば、部分的なリストを開示する。リストに全情報が示されていないことは証明できないだろう、文句があるならまた訴えてみろ。そういう姿勢だ。

 これまでにいくつかの法廷では敗訴し、それにより運営コストが上がったり、地域の市場から一時的に撤退を余儀なくされたりしたが、ウーバーはこの戦いの勝者である。サンフランシスコでウーバーがサービスをローンチしてから今年の7月で丸6年。昨年末には全世界で延べ10億人目の客が、6月には20億人目の客がウーバーを利用し、米国を中心に世界中で広く利用されるサービスになった。

 どちらが長期的に良いか、悪いかという論争に加わるつもりはない。ただ、ウーバーが日本でおかした過ちから学びたいのならば、情熱を追い求める創業者の言い分ではなく、このビジネスモデルと新市場進出のシナリオが扱う日本市場を冷静に分析する必要がある。まず、米国で著しい成功を収めたウーバーの戦術が、日本では無残にも失敗続きに終わっている1つ目の理由を説明しよう。

 (1)政府が業界よりも信用される

 日本では、人々が産業界よりも政府を信用すると言うと、サンフランシスコに住む自由主義の友達は当惑する。彼らは、この現象を洗脳だとかプロパガンダだとして片付けようとするが、それは間違っている。米国では、本能的に政府に対する胸の悪くなるような嫌気と不信用が当たり前になっているが、それは自由主義諸国の中でも少し特異な存在なのかもしれない。

 もちろん、日本人が、政府はいつも純粋な動機によって政治を行っていると信じているわけではない。ビールを飲めば、政治家が不正を働いているとか私腹を肥やしているとぼやく声が聞こえてくる。政府を疑う姿勢は、その意味では全世界共通のものであり、そうあるべきだ。しかし、米国の外では、政府よりも信用されていないのが、企業なのだ。

 過大な支持見積もり

 米国人は、企業が消費者の真の擁護者であり、規制は主に政治家やその友人の利益のためにあるものだという企業側の主張をどうも真に受けているようだ。一方、その他の多数の国では、ウーバーが都市に進出し、無益な規制と戦い、人々に低価格なサービスと職をもたらす白馬の騎士だと訴えても、誰も信じる者がいない。そんなばかけた訴えは信じるべきではないとされる。

 米国のシナリオでは、消費者は業界を破壊する革新者の側につくだろうと決めてかかるが、日本ではそれが当たり前に起こることではないのだ。日本だけではない。多くの国では、企業が、労働者保護法、環境法、税法、保険や免許といった要件がすべて変われば操業できるのだと主張すれば、その企業は極めて厳しい疑いの目で見られることになる。海外展開を検討する米国企業のなかにはそれが理解できないところもある。

 ウーバーは、日本市場に進出した際、期待していた一般市民からの支持を過大に見積もってしまった。大きくつまずいてしまったウーバーはチームを再編成し、日本の消費者を味方につけようと、より忍耐強く懐柔的な路線で本格的なライドシェアサービス展開を狙っている。

 ただ、ウーバーにとってはすでに手遅れといえる状況かもしれない。次週は、日本でのつまずきの原因をさらに2つ紹介しよう。〈つづく〉

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/