コミュニケーション・ロボットの未来

日本発!起業家の挑戦
ユカイ工学の青木俊介氏

 □ユカイ工学創業者・青木俊介氏に聞く

 日本には、ロボットに対するあこがれにも似た高い関心がある。文学や映画、アニメにはさまざまな形のロボットが登場し、当然のように、人型ロボットの開発に取り組むスタートアップも多い。今回のインタビューでユカイ工学の青木俊介氏と話すまで、私は正直なところ日本人のロボットに対する熱意がよく理解できなかった。

 青木氏は、販売するソーシャル・ロボットの「BOCCO」についてはもちろん、ロボット工学業界が今どのように変わりつつあるかについても説明してくれた。AI(人工知能)とIoT(モノのインターネット)の発展により、より高度なソーシャル・ロボットが可能になるばかりか、必ずなくてはならないものになるという。

 ◆時には楽しい物を

 --2007年のユカイ工学創業以来、面白くてクリエーティブな製品を開発されていますね。脳波を測定して気分を耳で表すネコミミは、世界中で話題になりました

 「僕たちは人とのコミュニケーションに主眼を置いたロボットの開発とデザインに取り組んでいます。その意味でコミュニケーション・ロボットと呼んでいます。社名の通り、時には役に立つばかりでなく楽しい物を作ろうとしています」

 --2年前に公開した主力製品がBOCCOですね。家族をつなぐというコンセプトは、具体的にどういう意味でしょう

 「BOCCOは子供の手にもなじむ小さなかわいいロボットで、スマートフォンから音声メッセージやメールを送ることで離れた場所にいる家族と話しやすい環境をつくります。例えば両親が共働きで鍵っ子が帰宅すると、親は会社から“おかえり”のメッセージを送ることができ、BOCCOを介してコミュニケーションがとれます」

 --子供の携帯電話に直接メールすればよいのでは

 「まず、子供に携帯電話、特にスマホを持たせたくない人は多いです。スマホを渡してしまうと、一日中ゲームをしたりアニメを見たりして過ごすことを促すようなものです」

 --なるほど。しかし、なぜロボットにそれほど魅力があるのでしょう。ソフトバンクのPepperやBOCCOをはじめ、日本には多くのロボットが登場しています

 「いちいち考えていないだけで、日常生活にたくさんのロボットが使われています。自動販売機も券売機もみんなロボットです」

 --人のように動き、話すロボットについてはどうですか。録画システムのティーボがテレビ番組を録画しておいてくれるのはうれしいですが、ティーボにソファに座って待っていてほしいとは思いませんが

 「確かに僕たちは普段、ロボットに黙ってただ仕事をしてくれと思っています。しかし、人型ロボットというのは何も新しいアイデアではありません。世界各地で、古代神話には人間が泥人形を作る話があります。これらは基本的にロボットと同じです。人間にはいつも自分たちに似た物を作りたいという衝動がありました。これは日本に限った話ではないと思います」

 --政府はソーシャル・ロボットを介護や子育て支援に役立てようとかなりの予算を投じています。そうした役割には感情が深く関わってきますが、人間はロボットと感情的な結びつきを強められると思いますか

 「はい、そう思います。ペットの動物を思い浮かべてみてください。僕たちはそれが人間ではないことを知っていますが、本当の意味で深い感情的なつながりをつくることができます。人間よりもペットに優しくなれることがあるくらいです。それに、これは日本にしか当てはまらないかもしれませんが、神道では特に自然のもの全てに神が宿るという考え方があり、人間ではないものにも心があるような捉え方は難しくありません。ロボットについても受け入れやすいと思います」

 ◆心のつながりが鍵

 --目の前のかわいいロボットを見ていると、同じメッセージを読むのでもスマホで開いて読むのと、このロボットが読み上げるのを聞くのとでは感情的に違う影響があるのが分かってきます

 「心のつながりが鍵です。BOCCOのような家庭用ロボットは、次世代のユーザー・インターフェース(UI:機器やシステムと利用者間で情報をやり取りする仕組み)になると考えているんですよ」

 --というと

 「家庭用ロボットがIoT製品のアバター(分身となるキャラクター)になるということです。これから恐らく20年ぐらいの間に、家庭内のものは鍵でもスイッチでもどんどんIoT機器によってコントロールされるようになってきます。今はこれらのシステムがそれぞれ独立したUIを持っていますが、家庭用ロボットが、スマートホームと情報をやり取りするための統一された一つのシンプルな方法を提供するんです。それがかわいいロボットであるということで、オフィスやプログラムの固いイメージではなく家の居心地の良さを伝えることができます」

 --スマホがすでに統一UIになっているのでは

 「そうかもしれません。しかし、家庭で一番避けたいことは、家族みんなが自分のスマホ画面を見つめている状況です。スマホを手にした瞬間、その人はもう家族と一緒に家にはいないとさえ言えます。スマホを手にするということは、一人っきりになるのと同じことです。ロボットのUIとの関わりは、ペットとの関わりに似ています。ロボットと話していても、家族との会話が断ち切られるわけではないからです。ロボットが家族の一体感を強める可能性もあるのです」

 --ロボットが参加すれば、スマートホームの管理も家族で行うアクティビティーになるということですか

 「その通りです。UIというものを考え直さなければなりません。スマホのUIはもう完成されたと思いますから、そこに進化はあまりないでしょう。20~30年はだいたい同じままなのではないかと思います」

 --そうですね。UIは一度受け入れられると大きく変化しません

 「1991年の古いMacをまだ持っていますが、OSのメタファーは現在のものとまったく同じです。今のマシンは動きが速く、グラフィックスは美しいけれど、僕がマシンと関わる方法は根本的に20年以上変わっていません。ユーザーが一度そのUIに慣れてしまったら、変化を許さないのです」

 --次のステップは過激な変化になると。UIとしてのロボットですね

 「僕はそう信じています。あとはうまくいく方法を考えるだけです(笑)」

 ◆ソフトウエア重視へ

 --伝統的には日本はロボット工学に強い国でしたが、最近米企業が市場をリードするようになっています。日本はこれに競合し、世界のリーダーであり続けられますか

 「これを口に出すのは悲しいですが、日本のロボット工学の未来には懐疑的です。日本はこれまでもハードウエアづくりには優れていましたが、ロボット工学においてこれからの革命はソフトウエア、特にAIと自然言語の処理によって起こると考えられるからです。その分野を独占しているのが米国です」

 --ユカイ工学ではPepper専用の「マホウノツエ」を開発しましたが、今本当の魔法の杖(つえ)があなたの手にあれば、日本の競争力を高めるために何を変えたいと思いますか

 「日本は莫大(ばくだい)な防衛予算を持っています。政府はその予算のいくらかをスタートアップに投資することに充てて、スタートアップが政府のために新しい技術を生み出せるようにすべきだと思います」

 --DARPA(米国防高等研究計画局)の日本版ですか。もともとシリコンバレーは米国の防衛関連の研究開発予算で生まれたようなものですからね

 「日本政府が抱える小さな特定の問題を解決する手段を広く募れば、日本のロボット工学業界はまったく変わると思います。今でこそ掃除機ロボットのルンバで知られるiRobot(アイロボット)は、軍事用の地雷除去や偵察用ロボットを米国政府のために開発して10年ほどたって、ようやく商用として成り立つ製品をリリースできるようになりました。DARPA日本版があれば、革新的な企業が技術を高めて一般の人に役立つ製品を開発できるまで存続することができます。そうなれば、日本にもロボットの世界でリーダーとして返り咲くチャンスが生まれると思います」

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 DARPA日本版のアイデアは興味深く、スタートアップを力強く押し上げる手段になるだろう。政府が支援する研究開発は日本にももちろんあるが、大複合企業や研究機関の中の異なる部門に予算配分するのが通常のやり方だ。

 DARPAではロボティクス・チャレンジという災害救助用ロボットの競技大会を開催し、日本のチームも数多く出場している。問題を解決することをテーマに掲げたオープンモデルでは、誰でも、どんな小さなチームでもソリューションを提示して競うことができる。これはあまり日本では聞かないやり方だが、だからこそ始めるべきであり、その影響も大きいだろう。セミナーの開催や投資も良い方法だが、政府が積極的にスタートアップとの契約を増やしていけば、それは間違いなく最も価値あるスタートアップ支援になる。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/