NY発ビール、キリンの救世主となるか ものづくり戦略に挑むクラフト事業
高論卓説「スプリングバレー東京で多くの若い女性がビールを飲んでいる様子を見て、感心した。キリンがクラフトビールの啓蒙(けいもう)に力を入れているのが理解できた」。ニューヨークにあるクラフトビールの名門、ブルックリン・ブルワリーのロビン・オッタウェイ社長は話す。キリンビールは、ブルックリンの株式の24.5%を数十億円で取得し業務資本提携を決めた。両社は合弁会社を設立し、来春からキリンはブルックリンの主力商品(缶と業務用たる)を日本国内で製造販売していく。
ブルックリンは、新工場建設などで広く出資を求めていた。世界からオファーを受けるなか、キリンを選んだ。オッタウェイ社長は「当社の独立性を認めてくれたキリンは、尊敬し合えるパートナー。乾燥ホップの扱いなど技術が高い」と話す。
ちなみにクラフトビールとは、小規模醸造施設で多様に少量つくるビールを指す。大量生産の「バドワイザー」などと比べ、価格は高い。米市場では、この15年でクラフトビールは急成長し販売シェアは1割に迫り、金額シェアでは2割前後に上る。一方、日本では大手5社の総出荷量を100とすると、約200社あるクラフトビールメーカーの出荷量は約0.6の規模。大手5社が「クラフト」と名乗るブランドを入れて約1%に相当する。
キリンがクラフトビールに本格的に参入したのは昨春。東京都渋谷区代官山に醸造所併設のビアホール「スプリングバレー東京」を開設した。横浜工場内にも、クラフトを供する「同横浜」を開設。初年度(昨年4月~今年3月)の来場者は約26万人(うち7割が東京)を数え、当初目標の20万人を超えた。オッタウェイ社長は複数回、東京店に来店。キリン幹部とも接触をしていた。
そもそも、クラフトビールのプロジェクトは、2011年9月にキリンのマーケティング現場から内発的に始まる。12年末、メンバーたちは渡米してブルックリンを訪問している。今年1月には、キリンの北米マーケティング担当者が、ブルックリンに“飛び込み”で訪問。両社の距離は一気に縮まった。
キリンは既に、国内クラフト最大手のヤッホーブルーイング(本社は長野県軽井沢町)と資本提携している。キリンビールの布施孝之社長は「国内外の提携により、多様で奥行きが深いクラフトビールを盛り上げていく。ブルックリンとは、日本向け商品の共同開発にも踏み切りたい」と話す。ブルックリンの醸造責任者は米クラフトビール界のカリスマとして知られるギャレット・オリバー氏。キリンはスプリングバレーで年間40を超える新製品を開発している。
日本のビール類市場は、縮小に歯止めがかからない。一方世界では、10月にアンハイザー・ブッシュ・インベブによるSABミラー買収が成立。世界シェア27%の超巨大ビールメーカーが発足した。
キリンのクラフトビール事業は、10年に及ぶ長期的な戦略の一つであり、人々のライフスタイルを変えることを目指している。世界8位のキリンが生き残るためには、従来のような単品を大量生産するだけでは難しい。装置産業とは一線を画し、他社とのコラボをキーワードとする新しいものづくりへの挑戦でもある。
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【プロフィル】永井隆
ながい・たかし ジャーナリスト。明大卒。東京タイムズ記者を経て1992年からフリー。著書は「サントリー対キリン」「人事と出世の方程式」など多数。58歳。群馬県出身。
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