薄利でも顧客本位で本業推進 信託業務の根幹を忘れるな

高論卓説

 金融庁が10月21日に公表した「2016事務年度 金融行政方針」を詳読した。先に公表した「2015事務年度 金融レポート」と対をなすもので昨年度から公表しているという。金融レポートはA4判123ページ、金融行政方針はA4判39ページにわたる力作だ。作成に当たった事務方は、「いずれも上司から何回も書き直しを命じられた」と振り返る。それだけ金融庁の強い思いがにじむ内容となっている。

 金融行政方針には、「顧客との共通価値の創造」「日本型金融排除」「形式から実質へ」「過去から未来へ」「部分から全体へ」といった重要なキーワードが盛り込まれている。それぞれ重い意味を含んでいるが、なかでも注目されるのは「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」が強く打ち出されていることである。

 フィデューシャリー・デューティーは、金融のみならず医者や弁護士など顧客に対し責任ある説明義務が伴う職種に共通した概念だが、金融の世界では「受託者責任」と訳される。その「受託者責任」を最も重要なテーゼとして守ってきたのは信託銀行にほかならない。まさに「信じて」「託する」という信託の根幹にかかわる問題だからだ。

 しかし、かつて7行あった専業信託銀行は再編の波に洗われ、三井住友信託銀行、三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行の3行に集約された。かつ、3行の立ち位置はそれぞれ微妙に異なる。だが、信託に寄せる思いは共通している。いずれも信託が主業であることにかわりはない。

 「信託はもうかる商売ではない」。よく信託銀行の経営者が口にした言葉だ。信託業務は薄利多売であり、労多くして利の少ない信託報酬が収益の源泉だ。このため戦後の金融行政では、専業信託には信託業務と銀行業務を兼営させ、かつ不動産や証券代行など多様な業務を併営させることで経営の安定を図った。いずれも信託業務を大切に育てるためで、実際、その後、日本の商業信託は世界で最も発展した。

 だが、ともすれば信託はもうからないため、経営のインセンティブは収益性の高い銀行業務や併営業務に傾きがちとなる。バブル期では不動産業務と融資がセットで推進され傷を深めた。そして今、投資信託などの窓口販売で高い手数料を得るため、顧客の立場を顧みない回転売買に傾注する信託銀行があることは残念である。

 旧大蔵省は戦後すぐ「信託主業化」の方針を掲げ、それまで信託業務を兼営していた4都市銀行と地方銀行から信託業務を分離する行政指導を行った。中心的に動いたのは当時の銀行局長の高橋俊英氏。この当局の指導に対し、地方銀行や3都市銀行は応諾し信託部門を分離したが、唯一、これに反対したのが大和銀行(現りそな銀行)の寺尾威夫頭取だった。両者の対立は国会問題にまで発展したが、このとき、寺尾氏が自ら執筆し、国会に提出したのが、信託兼営の論文であった。寺尾氏が最後まで引かなかったのは、「顧客のために信託を兼業する」の一点。そして、大和銀行は唯一、信託業務を兼業する都市銀行として残った。それは現在のりそな銀行にも継承されている。

 金融庁がいう「フィデューシャリー・デューティー」とはまさにこのことであろう。

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【プロフィル】森岡英樹

 もりおか・ひでき ジャーナリスト。早大卒。経済紙記者、米国のコンサルタント会社アドバイザー、埼玉県芸術文化振興財団常務理事を経て2004年に独立。59歳。福岡県出身。