トランポノミクス、自動車業界は正念場
高論卓説■米保護主義台頭で生産体制見直し必至
次期米大統領にトランプ氏が就任することになった。ご祝儀相場か、それとも2012年の安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の時と同じ「レジーム・チェンジ(体制転換)」か、世界的な株価の上昇、著しいドル高が起こっている。世界の政治経済に多大な影響を及ぼすトランポノミクスと呼ばれるトランプ新政権の経済政策への注目は大きい。
英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)と同じく、米国大統領選で勝敗を決したのはローカリズム(地域主義)の選択であったといえる。生産と消費の「地産地消」が重んじられる時代が訪れる可能性は否定できない。これは、自由貿易のようなグローバリズムの恩恵を強く受けてきた自動車産業にとって、厳しい挑戦となる可能性がある。
思い出すのは日米構造協議の最中の自動車産業である。1980年代以降、国内自動車産業は日米貿易摩擦の政治的標的となってきた。ローカリズムに向かった米国政治の圧力の下で、日本の自動車産業は長い不遇の時間を過ごした。しかし、この危機があったことで、国内自動車産業はグローバル企業への転換を進め、世界的な競争力を有する産業に飛躍できた。大局的に見れば、グローバリズムとローカリズムは振り子のように、バランスを取りながら進化していくものなのであろう。
トランポノミクスは自動車産業へ大きな試練を与える懸念がある。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の批准の成否、北米自由貿易協定(NAFTA)の修正への論議、米国金利上昇とドル独歩高の影響、新興国経済の失速懸念の台頭などの観点から、トランポノミクスの国内自動車産業への影響を読み解かなければならない。最大のリスクはNAFTAの見直し論議だ。
TPPに関しては、米国が批准する可能性はもはや低い。ただし、自動車産業にとって既に75%がNAFTA現地生産車。2.5%の完成車輸入関税を長い時間をかけて撤廃する効果は小さかった。2兆8000億円の北米自動車部品輸出金額の関税が即時撤廃の効果、TPP累積原産地規則に基づく輸入部品関税の特恵待遇が重要な効果であった。TPP域内での原産割合が55%を超えればTPP条約国へ特恵待遇で貿易できる。日本、マレーシア、メキシコの付加価値率を累積で決定でき、米国へ競争力の高い部品・製品を供給できる仕組みが最大のメリットであった。この効果を取り込むためにTPPの重要拠点となるメキシコへ、完成車のみならず、サプライヤーも含めて戦略的な進出を続けてきた。
そのメキシコとの自由貿易協定を見直し、トランプ次期米大統領の選挙中の発言に基づけば、対米輸出に高関税をかけるという。全需要の45%を占める800万台の完成車を米国は輸入している。日本からの輸入は減少傾向にあり、今は、165万台に過ぎない。代わって最大の輸入国となったのがメキシコの209万台だ。
メキシコの自動車生産台数は2015年に340万台に達し、世界第7位に浮上した。20年までに560万台に増え韓国を抜き、世界第5位の自動車生産大国となる見通しである。この過半数が米国向け輸出である。この流れへ減速をかける政策検討は、起こりうるシナリオなのである。
米国販売の10%がメキシコ生産車に依存する現在の日本車の構造は、政治的プレッシャーを受けるとき、多大なリスクとならざるを得ない。メキシコを除く北米現地生産比率は、ホンダが90%以上で合格点だが、トヨタが65%、日産は50%程度に過ぎない。内向きに向かう米国市場に対し、望ましい地産地消のバランスはどこにポイントがあるのか。今一度、業界はこの古くて新しい命題を解かねばならない。
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【プロフィル】中西孝樹
なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト。米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立し代表就任(現職)。著書に「トヨタ対VW」など。
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