紆余曲折を経たHHKBの20年(下)

PC Watch
HappyHackingKeyboardの1996年発売の初代モデル(奥)と今年4月発売の最新モデル(PFU提供)

 ■ユーザーの愛に支えられ

 富士通傘下のPFU(横浜本社・横浜市中区)が開発製造、販売を手掛けるキーボード「Happy Hacking Keyboard」(HHKB)が、12月20日で初号機登場から20周年を迎える。それに先立ち開かれた祝賀パーティーで、淘汰(とうた)が著しいPC市場で、なぜHHKBが生まれ、そしてなぜ20年間ほぼ同じフォルムを貫けたのかについて、製品開発の初期の段階から携わる開発者らが熱く語った。前回はHHKBコンセプト考案者、東京大学名誉教授の和田英一氏の話をお届けした。今回は、パーティーの後半で語られた、開発に携わった社員らの“裏話”を紹介する。

 ◆異例のプロジェクト

 実はHHKBのプロジェクトが始まった当時、事業推進部門にいた松本秀樹氏(現・イメージング部門の国内営業統括部長)は「なんでこんなプロジェクトがあるんだ、ウチはPC屋だぞ」と思っていたという。だが、当時、松本氏の上司が「社内で面白いチャレンジがあるのはいいことじゃないか、品質管理とかサポートとか、そういったことを取っ払ってやってみようじゃないか」と推し、プロジェクトの実現に踏み切ったという。それだけHHKBは異例のプロジェクトだったのだ。

 HHKBの最初の試作機はX端末のキーボードで、それを糸のこぎりで切り貼りして完成させたという。初代の開発にかかった費用は2000万円。それを少しでも回収しようと、1台3万円という価格設定にした(500台で1500万円の売り上げ)。

 そしてASCII配列を採用していることも手伝って、米国市場で販売することが決定する。当時、アップルやピクサーなどからも注文があり、担当者はHHKBが世界にも認められるという手応えを感じつつも、3万円という価格がネックとなり、とにかく数が売れなかった。そこで、アメリカ主導で廉価版を作ろうということになり、OEM(相手先ブランドによる生産)供給できるところを探した。

 最終的にたどり着いたのは台湾のキーボード製造大手のチコニーエレクトロニクス。当時月間250万台の製造規模を誇るキーボード大手が、HHKBのように月間1000台、よくて2000台ロット規模のキーボードを製造してくれるとは思わなかったそうだが、日本で売り出したところ意外と好評だったため続けられたという。

 それでも米国市場ではなかなか受け入れられなかった。営業は1人で販売、広告作成を任され、キーボードを背負ってキャラバンに持って行くといったようなことまで任された。当時インターネットのウイルスやワームがはやった背景もあって、客先に言われたのが「Hackingという名前があまり良い印象ではない」ということだった。そこで「Happy Hacking」のロゴの代わりに自分の名前が入れられるネームプレートを用意したところ、飛躍的に売り上げが伸びていったという。

 ◆商標で苦い思い出

 実は、主に米国市場向けにPalm(パーム)でキーボードが使えるようになる「Happy Hacking Cradle」なる製品もリリースした。これは当時アメリカの雑誌に「Must have(必携品)」と評されるほどの完成度であったが、まったくの鳴かず飛ばずで“黒歴史”入りとなる。パーティーでこの製品の話を持ち出すと、PFU社員全員が顔をうつむけて笑うほどだった。

 ちなみに日本で「Happy Hacking」という商標を申請する際も「これはハッカーの育成を助長するものなのか」と言われ、却下されたという苦い思い出も。そのため、今の刻印は「HHKB」となっているのだ。

 その後、米国市場が不調で、ついに閉じられることとなるが、東プレ(東京都中央区)と協業して実現した静電容量無接点方式の採用(金型の減価償却で試行錯誤)、無刻印モデルの投入(これは松本氏の娘がピアニカに“ド・レ・ミ”のシールを貼っていたことからの逆転の発想)、アルミフレームを採用した「HG」と輪島塗キートップ(当時の社長が輪島藤夫氏だったため)を採用した超弩級(ちょうどきゅう)モデル、キーストロークを0.2ミリ短くし、静粛性を向上させたモデル、そして現在のニーズを鑑み、消費電力的に実現が難しいと言われた静電容量無接点方式で初のBluetoothモデルの投入-に至っている。

 HHKBの20年は決して順風満帆ではなかった。紆余(うよ)曲折を経て、ようやくここにたどり着いたのである。「一生涯使えるインターフェースを実現しなければならない。そのために続けようと思う気持ちがなければ続かなかった。20年続けられたのは、言うまでもなくHHKBユーザーたちの支持と愛であった。和田先生のコンセプトを貫き通せるよう、30周年、40周年を目指したい」。松本氏はパーティーでこう締めくくった。

 HHKBの進化の歴史についてはPFUが特設サイト(http://www.pfu.fujitsu.com/hhkeyboard/20th/)を開いている。(インプレスウオッチ)