日露から考えるビジネスの「利」と「義」

i.コラム

 ■経営哲学の貧困が招く停滞

 ロシアのプーチン大統領と安倍晋三首相の間で、北方領土4島での「共同経済活動」に向け交渉を開始することで合意した。経済交流を通じた「信頼醸成」が北方領土問題解決の地ならしになると、日本側は期待するのだが、要は日本側が提供する「利(経済的利益)」に対して、ロシア側が「義(信義)」で応えるかどうかだ。

 商業上の利益だけを尺度にするなら日本の対露投資はリスクだらけで割が合わない。これまでは投資資金がどこかに蒸発するなど、耳にするのは失敗例ばかりだ。投資企業に報いようとする誠意はロシアにあるのか、根本的な疑問が湧く。

 安倍首相が経済の「利」を提供するなら、プーチン大統領は「義」で応えようとする。でないと「信頼醸成」は不可能だ。首相はプーチン氏との友人関係を深めたというが、プーチン氏は義のマインドをどこまで発露したのか、全く判然としないのだ。

 話は飛ぶようだが、ビジネスなど経済社会も利と義が不可分のはずである。戦後日本の復興を担ってきた経済のリーダーたちは義を優先した上で利を得てきた。今の日本にはその意識が希薄になっている。そのことが、経済の停滞を招いているように思う。

 高度経済成長期に日経連(現在の日本経団連の母体の1つ)会長だった故桜田武氏を例にとろう。1973年の石油危機とともに狂乱物価状態になったとき、労使双方にそれまでの大幅賃上げの自粛を徹底させ、インフレを終息させた。81年、自身が首脳を務める日清紡の株価が値上がりしているときに、証券業界から時価発行増資を強く勧められたが、「他人さまから召し上げたあぶく銭で設備投資や事業拡大を図るなんて、もうこれは正常な経済現象ではない」と拒否した。氏が亡くなった翌年の86年に時価発行制度が始まると、たちまち日本はバブル、それがはじけて「第2の敗戦」とまでいわれる停滞期に入った。

 そこで経済界が選んだのは、会社は株主のものとする米国式の自己資本利益率(ROE)主義だ。従業員、消費者や地域社会も株主と利害を同じくする従来の考え方が大きく後退した。

 まさに経営トップはROEの引き上げに邁進(まいしん)し、賃金を抑える。異次元金融緩和の日銀が年間80兆円もカネを刷っても、銀行は融資を渋り、企業は設備や雇用に利益を回さず、株主資本の蓄積に励む。その結果、20年デフレから抜け出られない。ブラック企業は減らず、社員はサービス残業に追われ、過労死の悲劇は後を絶たない。

 個々の企業が正しいと信じてROEを高めた結果が経済社会の停滞。それはケインズのいう「合成の誤り」そのものだが、もとはといえば、経営哲学の貧困さにある。従業員を含め社会全体の利益を考える義のマインドがいつの間にか、株主利益イデオロギーに押さえ込まれてしまった。

 日露首脳会談から以上のように連想したのは、筆者の思い過ごしだろうか。(産経新聞特別記者 田村秀男)