□ホールマーケティングコンサルタント、LOGOSプロジェクト上級研究員・岸本正一
■ギャンブルをレジャーとして楽しむ人々
テレビ番組で、ある国会議員がカジノに対し反対意見を述べる姿を偶然見かけた。だが、1つ腑に落ちないフレーズがあった。それは「そもそも法律で禁じられているギャンブルそのものですよ」というものだ。
私たち国民と賭博の関係を考えたとき、確かに刑法185条においてその罰則が規定され禁じられているのは事実だ。しかしながら、競馬法により公営競馬の開催は認められており、当せん金付証票法により宝くじの発行も認められている。つまり、国民は一部の認められた賭博を決められたルールで楽しむことを許されている。実際、競馬場には10万人を超えるファンが詰めかけ、人気の宝くじ売り場には大行列ができるときもある。これらは法律により認められた賭博を一定の人々が楽しんでいる証左に他ならない。このような姿を見ていると、これらはもはや“賭博”ではなく、ギャンブルというレジャーではないのかと感じてしまう。
誤解を恐れずに言えば、人間というものは元来、ギャンブルをレジャーとして楽しみたいという欲求を持ち合わせており、これが競馬ファンや宝くじファンを生み出しているものと思われる。ギャンブルの存在自体を否定するのであれば、公営競馬も公営くじも廃止に追い込むべく先の国会議員は主張すべきではないのか。それができないのは、競馬ファンや宝くじファンの存在然り、明らかにギャンブルをレジャーとして楽しんでいる国民がいる事実を否定できないからだろう。翻って、ぱちんこという遊びも人の射幸心を適度に満たすことがゲームの要素に組み込まれている。これをギャンブルだと主張する人もいるが、ぱちんこ営業は、いわゆる「風営法」に基づき、地域の善良な風俗と正常な風俗環境を保持すべく、さまざまな側面から規制がかけられている。その範疇(はんちゅう)で1000万人といわれるファンが遊技を楽しんでいるのが現実だ。
幾ばくかの金銭を賭して、これに伴う報酬を期待すること自体が“悪”であれば、株式投資やFXはどうなのか。法を根拠に「そもそも論」を振りかざす前に、これに参加する人々=ファンの存在に目を向けるべきではなかろうか。
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【プロフィル】岸本正一
きしもと・しょういち 1963年生まれ。元SEの経験を生かし、遊技場の集客メカニズムを論理的に整理・研究する傍ら、全国のパチンコホールを対象にコンサルティングを行う。雑誌への連載やテキストの出版、セミナーでの講演なども手掛ける。オベーション代表。
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