窮地のサムスンに追い打ち? iPhone発売10年の節目に米アップル韓国初上陸のワケ

 

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領との癒着疑惑をめぐり、逆風にさらされているサムスン電子が本業でも苦境に立たされるかもしれない。スマートフォン市場で覇権を争う最大のライバル、米アップルがついに直営店「アップルストア」の韓国進出を決めた。

 米ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によると、アップルは1月6日に自社のウェブサイトに店長を含む韓国での15の新しいポストの採用情報を掲載。担当者は「韓国に初の『アップルストア』をオープンさせることを楽しみにしている」と述べたという。開店時期や場所は明らかにしていないが、同紙は、関係者の話としてソウルの江南区にあるサムスン本社近くが店舗進出の候補地の1つと伝えており、まさにサムスンのおひざ元に攻め込むことになる。

 「iPhone」の発売から今年で10年。アップルが製品販売とともに直接、技術サポートを提供するアップルストアは米国や、アイフォーンのシェアの高い日本はもちろん、中国、アラブ首長国連邦など主要な世界20カ国に400カ所以上展開されているが、なぜか韓国には進出していなかった。国内メーカーのサムスンとLG電子が約80%のシェアを握るとされる困難な韓国スマホ市場に今になってアップルが直接、乗り込む理由はどこにあるのか。最近のサムスンとアップルをとりまく状況に照らし合わせると、3つの仮説が浮かんできた。

 第1の仮説は「朴大統領スキャンダル」の影響だ。 アップルが直営店の韓国進出を検討しているとの観測は、実は昨年11月ごろからウォールストリート・ジャーナルやIT専門誌で浮上していた。この時点ではアップルは報道内容の真偽に触れなかったが、年が明けるとすぐに広報担当者のコメントの形で進出準備を認めた。この時間軸で韓国では何が起きていたか。

 昨年11月といえば、朴大統領と長年の友人の崔順実(チェ・スンシル)被告の国政介入疑惑事件に関し、サムスンをはじめとする韓国の大手財閥が崔氏に便宜を図ったとの問題が噴出し、朴政権と大手財閥との癒着に強い批判の目が向けられ始めた時期だ。朴大統領が弾劾され、疑惑への検察当局の捜査が本格化したのが同12月。そして韓国最大の経済団体で、政府と経済界のパイプ役となっていた「全国経済人連合会」(全経連)からの脱退をLG電子が宣言するなど、“朴スキャンダル”が政府と大手財閥との長年の“蜜月関係”を根本的に揺るがす事態に発展したのが年明け直前だ。

 10年もアップルが韓国に直営店の投資をしなかったことについては、ネット上などに韓国の消費者から不満とともに疑問の声が上がっていた。その理由についてはサムスンを筆頭とする国内メーカーの地元経済界への強力な影響力、国内ブランドへの韓国消費者の強い支持との見方ほか、輸出振興や国内メーカー育成のためにさまざまな形で便宜を図る政府の意向が働いているとの指摘があった。このうち2つの要素に大きな変化はないが、政府の影響力についてはアップルが戦略を見直すに値する決定的な状況変化が起こったわけだ。

 “朴スキャンダル”の衝撃の大きさを考えれば、ポスト朴大統領が誰になったとしても、韓国政府が大手財閥に便宜を図るような行動をとることは許されないだろう。仮に外資よりも国内勢を優遇する政府の介入が実際にあったのだとすれば、アップルには初めてサムスンと韓国で実力勝負を挑める好機がめぐってきたとみることができる。

 第2の仮説は、アップルとサムスン、双方の実利を狙った現実的な取引の結果という解釈だ。アップルが今年投入する計画というスマホの最新機種「iPhone8」には主要部品として局面有機EL(OLED)ディスプレーが採用されるといわれている。そして、このキーデバイスの製造・供給メーカーとして有力視されているのがサムスンだ。アップルとサムスンはこれまでもスマホ市場で殴り合う一方、部品取引では納入先と供給メーカーとして手を握る関係にあったが、サムスンにとって最近は後者の側面の重要性がより増してきているとみられる。

 サムスン電子は、2016年10~12月期(第4四半期)の営業利益について前年同期比49.8%増の約9兆2000億ウォン(約9000億円)と、約3年ぶりの高水準に達するとの速報値を明らかにしている。複数の発火事故を受けて、新型スマホ「ギャラクシーノート7」の生産・販売を昨年10月に終了、約250万台ものノート7のリコール(回収・無償修理)を実施したダメージをしのぐことができたのは半導体やディスプレーなどの部品事業が大きな利益をもたらしたからだ。

 ウォールストリート・ジャーナルによると、サムスンはかつて利益の約4分の3をモバイル事業で得ていたが、スマホが世界的に普及し、市場の伸びが鈍化した足元では様変わりしている。サムスンが四半期ベースで過去最高の営業利益を計上した13年7~9月期にモバイル部門は利益全体の約65%を占めていたが、リコールに追い込まれた16年10~12月期の営業利益にモバイル事業が占める割合はわずか1.9%だったという。自社のスマホ販売に頼るよりも、アップルや中国メーカーへの半導体やディスプレー供給で利益を稼ぎ出す形に収益構造が大きく転換しているのだ。

 iPhone8の高級・高性能のブランドイメージで、自社の局面有機ELディスプレーの技術力を市場に訴求して供給先を拡大した方が、サムスンにとってははるかに大きな利益が見込める。おひざ元へのアップルの拠点開設に目くじらを立てるよりも、アップルのビジネスをサポートした方が相互に有益との判断が働いてもおかしくないといえる。

 第3の仮説は、スマホビジネスの競争のポイントが変質してきた可能性だ。

 「革命は続く」-。 スティーブ・ジョブズ氏がiPhoneを世に送り出してから10年の節目にあたって、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は1月初めにこう題するコメントを発表。この中で、クック氏は「iPhoneは最初の10年でモバイルコンピューティングの基準となったが、まだ始まったばかり。最高はまだ来ていない」と、さらなる技術革新を予告している。

 クック氏の予告が何を意味しているかはまだわからないが、すでにiPhoneは音声アシスタント「Siri(シリ)」などで人工知能(AI)サービスの端末へと進化している。iPhone8以降の製品がより高度な機能を提供する革新的な端末へと発展していくのだとすれば、顧客に直接技術サポートを提供する直営店への投資の重要性はこれまで以上に高まると考えることもできる。

 スマホの最新機種については、サムスンも「ギャラクシー」の次期モデル「S8」にAI技術を活用したアシスタント機能を搭載するとの観測が出ている。ロイター通信によると、このアシスタント機能はアップルの「Siri」の開発メンバーが立ち上げ、サムスンが昨年10月に買収を発表した企業「Viv Labs」の開発技術だという。つまり、アップルストアの韓国初上陸は次の進化の段階に入ったスマホビジネスの最終決戦への幕開けを意味するのかもしれない。

 アップルのiPhone8の投入と直営店の韓国上陸にサムスンがどんな反応を示すことになるのか。サムスンの今後の経営を展望する上で興味深い。(経済本部 池田昇)