サンフランシスコの食通にラーメン通販

日本発!起業家の挑戦
米国で起業した梶谷恵翼氏

 □Ramen Hero共同創業者・梶谷恵翼氏に聞く

 サンフランシスコに移る日本人起業家が増えている。現地には、小規模ながら日本人のスタートアップコミュニティーもある。起業家、メンター、投資家が強い結びつきで助け合い、互いに米国での成長を後押ししている。

 前回のサンフランシスコ出張時に、日本からシリコンバレーに移り住んでRamen Hero(ラーメンヒーロー)を共同創業した梶谷恵翼(かじたにけいすけ)氏にインタビューを行った。米国での起業は、提供サービスが日本よりも米国の市場に合っているとの考えからだった。

 ラーメンヒーローはすぐに調理して食べられるラーメンの食材セットを通信販売する。日本ではラーメン店の数は多すぎるし、「お取り寄せ」ラーメンも定着している。それに比べると、米国にはまだラーメンに対する物珍しさがあり、店舗で食べると価格が高い。米国で起業すれば、VC(ベンチャーキャピタル)からも顧客からも注目してもらえると踏んだ。

 ◆レシピもセットで

 --ラーメンヒーローの特徴は

 「本物のラーメンを自宅に届けるサービスです。セットには、生麺、スープ、トッピング、そして作り方を示したレシピカードが入っています。自宅であなたもラーメン・シェフになれますよとうたっています」

 --食品業界は競争が激しいですよね。市場規模は

 「アメリカには『ミールキット』と呼ばれる調理前の食材配達事業があり、その市場規模は約15億ドル(約1640億円)です。今後10年で40億~50億ドルに拡大すると見込まれています」

 --そのうち、ラーメンはどれぐらいの割合だと思いますか

 「ごく一部ですね。でも、他のルートもあると思っています。アメリカのスーパーに並んでいる、安くて、健康に良くない粗悪な即席ラーメンに、素材の味を生かした健康的なミールキットが取って代わるかもしれません。ラーメン店に麺やスープを卸すという事業も考えられます。今、アメリカには1万2000軒ほどラーメン店があり、その数は毎年17.5%ずつ増えています」

 --B2Cの販売に加えて、B2Bも計画している

 「実は、もともとはアメリカのラーメン店に卸すことを考えていたんです。しかし、どこのオーナーも『スープの味が良いのは認めるが、売れることを証明してくれなくちゃ』と言ったんです。それで、今のところは消費者向けの事業に集中しようと決めました。お客さんの反応が分かれば、よりアメリカ人の口に合うようにレシピを微調整することができます。市場に私たちの製品が受け入れられると証明できます」

 --実際にどんな反応があり、どのような味の調整が必要になりましたか

 「サンフランシスコには多種多様な人が住んでいるので、人々の味覚やラーメンの好みも人それぞれで幅が広いです。中華の塩味のしっかりしたスープが好きな人も多いので、少し醤油(しょうゆ)または味噌(みそ)を加えたりしました。それから、アメリカ人はピリ辛のラーメンを好む傾向にあります。スリラチャのような唐辛子ソースを付けてくれという意見をたくさんもらいました」

 --ラーメンにですか? それは…間違っていますよね

 「(笑)日本人はほとんどの方がそう言うでしょうね。でも、私たちはアメリカでラーメン文化を改めて発明し、再構築しなければならないと思っています。本物を提供するというコンセプトは変わりませんが、市場が変われば味も変わらなければいけません」

 --顧客について教えてください。ラーメンセットを購入する層は

 「私たちにとっては驚きだったんですが、アメリカのお客さんにとって、ラーメンはホームパーティーのメニューなんですね。友人を呼んで自宅でラーメンパーティーを開催する人が多いです。こちらでは、ラーメンはおしゃれな食文化なので、食通のミレニアル世代に販売することがほとんどですね。彼らは新しい食べ物を試してみるのが大好きで、健康にも気を使っています。サンフランシスコでは、ラーメン店はおしゃれな高級店です。東京では1000円以内でおいしいラーメンが食べられますが、サンフランシスコでは2500円ぐらいする感覚です」

 --ラーメンヒーローが売るのは体験と目新しさですね。その存在を知ってもらうためにどういった活動をしていますか

 「いくつかお客さんの目につく方法があります。ひとつは、サンマテオにあるキッチンタウンです。20~30社の食品関連のスタートアップが参加するシェアキッチンで、その場所を使ってイベントを開きます。キッチンタウンにはメーリングリストもあって、新しい食文化に敏感な人が登録しているので、その人たちに製品を知ってもらうことができます。FeastlyやEatWithといったウェブサイトも使っています。自宅に人を呼んで料理したり、出張調理をしたりしているプロ・アマのシェフ向けのサイトです」

 --これらのシェアスペースや媒体が使えるのはサンフランシスコ特有の環境だと思いますか。それとも、こうしたアプローチはアメリカ全土、そして世界中に拡大するでしょうか

 「似たようなコミュニティーが西海岸だけでなく、東海岸にもあります。ニューヨークには食に敏感な大きなコミュニティーがあるので、そこを次のターゲットに考えています」

 ◆他国への進出も

 --ラーメンヒーローの日本市場への進出はあり得ますか

 「おそらく日本はないでしょうね。でも他の国には進出したいです。日本は、競争が激しすぎます。とても安くて、おいしいラーメンがあふれているので、私たちの製品にアメリカほど関心を持ってもらえないですよ。本物のラーメンを知らない人なんていないんですから」

 --サンフランシスコでの起業理由はそれですか

 「それもあります。サンフランシスコでは私たちはユニークな存在です。ラーメンヒーローはおもしろいと思われますから、VCやエンゼル投資家の中でもトップと呼べる人たちと会うことができます。食品業界に特に興味を持っている人は多く、彼らは常に新しいものを探しています。普通のアメリカの企業よりも簡単にVCや業界人とつながりを作ることができるんです。みんな、ラーメンが大好きなんです」

 --渡米前に日本でも起業していましたよね

 「はい。わたしは、中学から高校にかけてアメリカで過ごし、慶応大学卒業後、新卒でJAFCOというVCに参加しました。しかし、起業家になりたかったので韓国発のVCNCというスタートアップに加わってカップル専用SNSの日本市場向けローカライゼーションに取り組みました。その後は、アメリカに来る前にも起業して5つほどプロダクトを作りましたが、どれも失敗しました。今回、独身でリスクの取れるときに挑戦したいと思ってサンフランシスコに来ました。渡米前に共同創業者のヒロ君(長谷川浩之氏。ラーメン好きが高じ、東京大学在学時にラーメン店を始めるも失敗。オンラインファーマーズマーケット事業を立ち上げ、その後ラーメン作りを一から学ぶ)と出会って、何かラーメンに関する起業をするんだということだけは分かっていました」

 --サンフランシスコに移ろうと考えているスタートアップにアドバイスは

 「小さいけれど、親身になって支援してくれる日本のスタートアップコミュニティーがここにはあります。けれども、一番大事なのはユニークなことを始めるということです。日本に関係ある事業を始めなければならないというわけではありませんが、たとえばここに来てVRを使ったゲーム事業を一から築くとなると、とても厳しいと思います。他に100社は同じことをやっている企業があるからです。目立つこと、注目されることがとても難しく、つながるべき人とつながることもできません。ユニークでなければ通用しません」

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 ラーメンヒーローの現在の強みと長期的な弱みの根っこは同じ、「目新しさ」だ。今は、ラーメンの人気と自宅で食べられる目新しさが米国人の注目を引き付け、投資家や「フーディー」と呼ばれる食通の若者が、新しいものを試したいという意欲をかきたてられている。しかし、今後米国全土で、あるいは世界的にラーメンセットの宅配に対する需要がどれだけ持続するかは未知数だ。新しいもの好きの客層を超えて人気を集められるだろうか。それは誰にも分からないが、法人向けサービスの展開も検討されているようであり、今後が楽しみだ。まずは、梶谷氏の米国での成功に期待しよう。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

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【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/