ほかに人材はいないのか? 「川村東電会長」が象徴、社内官僚化の弊害

高論卓説

 人手不足が介護や宅配などさまざまな分野で問題になっている。このほど発表された3月の有効求人倍率は1.45倍とバブル期以来26年ぶりの高水準である。それとは性格が違うが、経済界の人材不足も甚だしい。

 東京電力ホールディングスの次期会長に川村隆・日立製作所名誉会長が6月に就任する人事は、象徴的である。川村氏は77歳である。しかも出身の日立は、東電に原子力発電機器などの電力設備を納入する重電メーカーである。形式的には利益相反の懸念を否定できない。

 ある経済団体の首脳は「川村さんはたぶん日立を辞めるでしょう」と推測する。現在の名誉会長は大学教授のOBに与えられる名誉教授のようなものにすぎない。それでも瓜田に履(くつ)を納(い)れず、李下に冠を正さず、の例えに従えば、日立を完全に離れる必要があるのかもしれないというわけだ。

 川村氏個人は端正な人柄である。日立グループに配慮して東電の利益を損なうようなことをするとはまず考えられない。経済産業省のコーポレート・ガバナンス・システム研究会の議事要旨に、川村氏の発言が載っている。「どんな立派な人でも必ず腐敗する。あるいは年をとって劣化すると思っているので、何らかの歯止めが必要」と、何もかもわきまえている。

 今の経団連会長は2014年に就任した榊原定征・東レ相談役最高顧問だが、選考段階での下馬評では川村氏が本命候補だったことはよく知られている。しかし当時、水を向けても「74歳の僕なんかに会長をやらせたら、経団連がかわいそうだ」と言下に否定していた。経団連会長になるには、日立の会長を続けなければならない。「(経団連会長を)4年務めたら私は78歳。それより日立会長を退いて当社を若返らせ、海外で成長させた方が日本全体のためになる」(14年3月17日付日本経済新聞)と語っている。

 「引退後にはドストエフスキーをゆっくり読みたい」という話もしていた。個人的な楽しみもいろいろ温めていたようだ。しかし大学時代に原子力発電を研究して以来、原発事業には思い入れがある。政府から強く要請され、あえて引き受ける決心をしたのだろう。

 7800億円余りの赤字を出して危機的だった日立に子会社から戻り、わずか1年で再建のめどをつけた経営手腕は申し分ない。それにしても経済界には、他に東電を担える人物はいないのか。「人材があまりにいない」とは、ある経済人の弁だ。昔は、国家的な問題や大型業界再編成などに取り組む経済人がそれなりにいたものだが、小粒化したといわれて久しい。

 一つには、バブル崩壊後、企業はコスト削減や管理強化によって業績を維持する傾向が強まり、社内が官僚化した。この結果、スケールの大きな人材が育ちにくくなったためと考えられる。グローバル化などで日々の経営が忙しいため、わが社以外のことを考えるゆとりが減ったという事情もある。

 それではいけないということなのか。経済同友会が憲法問題委員会を設けた。「経営者も国の在り方のような大きな問題を考えようというわけだ」と小林喜光代表幹事は狙いを語る。結構だが、論争を巻き起こすような成果を出せるのか。経済界の人材日照りは一朝一夕では解消しないだろう。

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【プロフィル】森一夫

 もり・かずお ジャーナリスト。早大卒。1972年日本経済新聞社入社。産業部編集委員、論説副主幹、特別編集委員などを経て2013年退職。著書は「日本の経営」(日本経済新聞社)、『中村邦夫「幸之助神話」を壊した男』(同)など。67歳。