苦節30年で鉄道黒字 JR貨物、復活の原動力は「プロ経営者」の改革

 
東北本線を走るコンテナ列車。牽引するEH500形電気機関車は直流・交流区間とも走行可能で、2両をつなげた強力なパワーから「平成のマンモス」と異名を取る

 日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化から丸30年の節目となった今春、JR貨物が「快挙」を達成した。不動産や物流などの関連ビジネスを除く、本業の鉄道事業が単体で黒字に転じたのだ。JR旅客6社のように脚光を浴びてこなかったJR貨物。トラック輸送にシェアを奪われ、国鉄改革の議論の中では“安楽死論”さえささやかれた鉄道貨物が、21世紀に華麗な復活を成し遂げた背景には何があったのか。

 モーダルシフトを次々獲得

 平成26年12月14日。「アベノミクス解散」による総選挙の投票が行われた日曜日、東京は晴天だった。

 大井競馬場(品川区)にほど近い東京貨物ターミナル駅では、流通大手イオンの岡田元也社長とJR貨物の石田忠正会長が固い握手を交わしていた。岡田社長は「お客さまのエコロジーへの関心は高い。鉄道貨物の活用には大きな可能性がある」と述べ、石田会長も「(トラック輸送を鉄道に転換する)『モーダルシフト』の本格始動を告げる号砲だ」と力を込めた。

 アサヒビールやネスレ日本などイオンに商品を納める複数メーカーが、年末の書き入れ時に向けて東京・大阪間で共同輸送する貨物列車「イオン号」。その出発式での光景だ。

 複数の荷主が専用列車で共同輸送するのは、1日約500本の列車を運行するJR貨物で初めての試みだった。

 この8カ月後には、アサヒビールとキリンビールが貨物列車での共同輸送をすると発表、「ライバル同士の協業」として話題になった。関西の工場から北陸方面へ向けたビール・飲料の出荷を、従来のトラック輸送から鉄道輸送に切り替える施策だった。

 JR貨物は近年、こうしたモーダルシフトの需要を順調に取り込んでいる。その結果、幹線コンテナ列車の貨物積載率は25年度の76.5%から27年度に80.2%へ向上し、鉄道事業が黒字化する原動力となった。

 トラック運転手不足の深刻化や、環境負荷の低減に向けた国の補助金制度などが追い風となっていることも事実だ。それに加え、JR貨物の「自助努力」も実を結んだといえる。

 「民間会社」へ、もう一段の脱皮

 4年前就任した石田会長は日本郵船出身で、日本貨物航空や公益財団法人がん研究会の経営を立て直した「プロ経営者」だ。その実績をもとに、JR貨物の改革に取り組んだ。

 たとえば、JR貨物が走らせている列車ごとの収支データを全国の各現場に毎日配信し、情報共有する仕組みを導入した。その上で、貨物の積載率が往路・復路や曜日によって偏っているならば、“空気を運ぶ”より運賃をディスカウントしてでも荷物を集める-。そうした柔軟な運賃設定の権限と収支確保の責任を、全国6支社に委譲した。

 また、花形の運輸部門と比べて弱体だった営業部門を強化するため、即戦力となる営業マン数十人を中途採用し、営業戦略と列車ダイヤの設定を一元的に担う新部署もつくった。

 その結果として実現したのが、平日と比べ空荷が多い日曜の列車を使う「イオン号」であり、大阪行きと比べ空荷が多かった金沢行きの列車を使うアサヒ・キリンの共同輸送だ。

 一連の改革について、同社関係者は「民間の物流会社なら当たり前の施策かもしれない。従来は国鉄の感覚を引きずった『内向き思考』が強く、民間会社になりきれていなかった」と評価する。

 石田会長は「鉄道黒字化の直接要因は、徹底した計数管理だ。しかしそれ以上に、『俺たち自身がやらなくては』という意識を全社員で共有できたことが大きい」と満足げに語る。

 実現するか、完全民営化

 潮目は変わった。かつて仕事を奪われ続けたトラック業界では運転手不足が深刻化し、ネット通販の急増に追われる宅配業界も効率化を迫られている。JR貨物にとっての追い風だ。

 東京貨物ターミナル駅では現在、マルチテナント型の大規模物流施設「東京レールゲート」が4年後の完成に向け建設中。東京港国際コンテナターミナルや羽田空港に隣接する地の利を生かし、「陸海空運の結節点」を目指す。

 こうした鉄道事業以外の収益源を多角化し、経常利益100億円を安定計上するのがJR貨物の今後の目標だ。その先に、JRグループで5社目となる株式上場、完全民営化も見えてくる。

 もっとも、火種がないわけではない。

 自前の線路をほとんど持たないJR貨物は、分割民営化当初からのルールとして、旅客6社に支払う線路使用料を格安に抑えられている。

 JR貨物の田村修二社長は「線路補修コストを対等に負担すれば、当社は一気に赤字転落だ」とルール維持を訴えるが、経営難にあえぐJR北海道を中心に「重い貨物列車が線路の傷みを早めている。負担を増やすべきだ」(旅客会社幹部)と不満がくすぶる。貨物列車とは直接の接点がない一般乗客も、この線路補修コストの負担を通じてJR貨物を支えている形だ。

 JR貨物のコスト負担は収益力に比例させるべきなのか、鉄道貨物輸送が国民生活に果たすべき役割とはなにか-。線路使用料のルールをめぐる議論には、こうした観点が欠かせない。(経済本部 山沢義徳)