日産の整備士学校がレースに参戦する理由 優秀な人材確保へ学生を“英才教育”

 
KONDOレーシングのGT-R。「日産自動車大学校」の文字が躍る

 若者のクルマ離れが叫ばれて久しい昨今、日本の自動車業界は深刻な整備士不足に直面している。整備士を目指して専門学校に入学する学生数はここ10年間で半減し、整備要員は高齢化の一途をたどっている。その影響は町の一般整備工場だけにとどまらず、メーカー系の販売店でも採用に苦労しているのが現状だ。日産グループが運営する日産・自動車大学校では、次世代を担う優秀な人材を確保しようと、在校生が人気レースシリーズに直接参加できるユニークな体験型プログラムに取り組んでいる。三重県の鈴鹿サーキットを訪ね、プロのメカニックに混じって奮闘する学生たちの姿を追った。

 プロのレースメカニックから直接指導

 「ボボボボ、ブウォン!」。レース前のグリッドに1台のGT-Rが大きな音を立てながら停車した。車体には前年のチャンピオンチームの証である「1」のナンバーがきらり。ボンネットには「日産自動車大学校」の文字が躍る。ドライバーがマシンから降りると、周囲には張り詰めた空気が漂い始めた。耐火スーツに身を包んだメカニックと一緒にマシンを囲むのは、ポロシャツの背中に「NISSAN」の赤いロゴを背負った学生たち。チームリーダーの目をじっと見つめながら指示に聞き入る。それぞれの役割を確認すると、スタートに向けた最後の準備が始まった-。

 日産・自動車大学校は将来の自動車整備士を育成する専門学校だ。横浜校や愛知校など全国で5校を展開しており、約2000人の学生が国家自動車整備士資格の取得を目指して学んでいる。実習車にはスポーツカーのGT-Rや電気自動車のリーフといった日産を代表する最新車両を導入するなど、ディーラー系の強みを生かした実践的な教育を進めており、工場見学や海外研修など複数の体験型プログラムを通じて学生をより「クルマ好き・日産好き」に育てることに注力している。

 2012年からは、マッチの愛称でおなじみの近藤真彦氏が率いるKONDOレーシングとタッグを組み、自動車レースのスーパー耐久シリーズにも参戦している。年間全6戦で争われるレースに5校が持ち回りで学生を送り込み、プロのレースメカニックから直接指導を受けながら、正確な技術や責任の重さ、チームワークの重要性を習得している。今月11日に鈴鹿で行われた第3戦には愛知校の学生約60名が参加した。彼らは自ら「レースをやりたいです」と希望してやって来た整備士の卵たちだ。

 学生がレースに参加する意義

 実際に現地で見学したが、10班に分かれた学生たちは複数の任務をローテーションで回し、各々が与えられた持ち場でリーダーの指示に耳を傾けながら緊張の面持ちで作業に当たっていた。彼らの役回りはタイヤの着脱や清掃、食事や給油の準備など意外にも幅広い。半数以上が経験の浅い1年生ということもあり、ときに手際の悪さや判断に迷っている様子も見て取れたが、表情はみな真剣そのもの。同じことを何度も言われないように引継ぎメモを作るなど、それぞれが自主的に工夫して動いているという。レースの“最前線”であるピットやスタート前のグリッドに立つ緊張感と、目の前に構えるグランドスタンドから観客の視線を浴びながら作業に取り組む臨場感は、学生たちにとってとにかく非日常的な体験だ。

 こうしたレース活動の目的は『真のクルマ好き人財』と『プロ意識を醸成し、自動車業界で活躍できる人財』の育成だ。レース前に学生の激励に訪れた日産自動車の中村公泰副社長は、「緊張感の高いプロの中で一翼を担うことが学生にとって貴重な体験。ここで学んだ人たちは、販売会社に入ると『現場での働き方が違う、目の色が違う、性格が違う』と聞いている」と学生がレースに参加する意義を語る。近藤監督も「よそのチームから『学生たちの目つきが変わってきた。ただお手伝いしているだけじゃないね』と評価されることは本当にありがたい。でも、僕たちから『しっかりしなさい』とは言っていない。彼らが自分の立場を自覚したということ」と学生の成長に目を細める。

 新卒が取れず、争奪戦に

 実は、日産・自動車大学校がレース活動に取り組む背景には、整備士不足の顕在化という深刻な問題もある。現在、日本には約33万人の整備士がいるそうだが、国交省の資料によると約5割の事業場で整備士が不足しており、整備士を目指す若者はここ10年間で半減しているという。整備士の平均年齢は40歳を超えており、約2割が55歳以上と高齢化も進んでいる。これは小規模の整備会社に限った話ではなく、日産のような大手メーカー系も直面している問題だ。

 日産・自動車大学校は卒業生の9割が日産系企業に就職する。優秀なスタッフを輩出して日産の販売ネットワークを支えるという重要な役割を担っているが、最近は学生を集めるのに四苦八苦している。同校の今西朗夫学長は「毎年、定員まで取れることは滅多にないのが現状。若者が自動車に興味を示さず、どの学校も苦戦している」と頭を抱える。日産の販売店でも新卒を取るのに相当苦労している。「日産の求人数に対して当校から4割、残りの6割は一般校から入る」というが、外車ディーラーも含めて一般校の学生は争奪戦になるという。一人でも多くの優秀な学生に来てもらうためには、「日産・自動車大学校が外から見て魅力的に映ることが大事」(中村副社長)。そのためにモータースポーツを活用して学校の魅力をアピールし、チームプレーを通して「日産DNA」を体得させているのだ。

 今西学長は「うちの学生に聞くと『レース活動があるから入りました』と答える子は多い」と手応えを口にする。今では学生の15%が入学動機に「レース活動の存在」を挙げるそうだ。学生にも直接話を聞いてみた。一級自動車工学科3年の伊藤瞭我(りょうが)さんは「オープンキャンパスの時にこの活動に参加させてもらいました。ピットに入れるのが魅力的で、プロスタッフの近くで整備を見たかったので志望しました」。同学科2年の長屋賢利(まさき)さんは「最初に行ったレースでタイヤ交換や給油作業をやらせてもらえたのが刺激的でした。今回が3回目の参加ですが、この活動を就職に生かしたいです」と入学理由を教えてくれた。

 中村副社長に届いた一通の手紙

 日産では整備士不足の対策として、待遇面や労働環境の改善を販売店側に強く訴えているという。以前、中村副社長が整備士の母親からもらった手紙にこう記してあったそうだ。

 「日産の偉い人は私の息子の苦労を知っているのでしょうか」

 そこには、土日も含めて毎日真っ黒になるまで働き、父兄参観や運動会にも参加できない息子の苦労が綴られていた。日産はこれまで客を迎える全国のショールームの改装を優先してきたが、今後はバックヤードにも冷暖房の完備を進めるなど、整備士が働きやすい環境づくりに注力するという。ショールームと整備工場の間をガラス張りにして、客が自分のクルマの様子を確認できる販売店にも投資しているそうだ。中村副社長は「自分の仕事ぶりを見られることで緊張感が生まれ、それが整備士の誇りや自信につながる」と期待する。

 受け入れ体制が整えば、整備士を志す若者は今後もっと増えるだろう。すでに日産販売店への就職が決まっている高尾涼太さん(一級自動車工学科4年)は、客と会社の両方から信頼される人材になりたいという。「会社からは作業が早くてミスをしない、お客様からは正直、親切、丁寧な対応で信頼されるようになりたいです」。

 自動車整備は私たちユーザーの安心・安全に直結するとても重要な仕事。EVや自動運転の発展に伴い自動車技術は常に高度化しており、エンジニアに求められる技量や知識もどんどんと難易度が上がっている。日産・自動車大学校で揉まれて育った若い整備士たちが今後のクルマ社会をどう支え、どんな変化をもたらすのか、非常に楽しみだ。(SankeiBiz 大竹信生)