失敗寸前から成功 400万人利用の音楽コラボアプリ「nana」、異色経歴の代表に聞く
日本発!起業家の挑戦■音楽コラボアプリnana music代表・文原明臣氏に聞く
音楽関連のアプリケーションで利益を生むのは容易ではない。競争が激しいうえに、ほとんどの消費者はアプリ利用に料金を払いたがらないからだ。nana music(東京都渋谷区)の文原明臣代表は、逆境に負けずに成功している数少ない音楽アプリ運営者だ。「nana」は歌声や演奏を録音して共有し、コラボ(重ね録り)を楽しめる無料の音楽サービスである。歌声や伴奏として投稿されるサウンドに他のユーザーが歌声や異なる楽器を重ねることで、無数のアレンジが生まれる。
2011年の米国法人化から翌年のアプリ提供開始、さらに13年の日本法人への事業移管を経て、現在nanaは世界中に400万人の利用者を抱える。しかし、アプリのリリースから数カ月後には資金は底をつきかけ、ダウンロード数も激減してゼロに近付いていたという。文原氏率いるチームはいかにその状況を脱したのだろうか。
--nanaはプロの音楽家とアマチュアのどちらにターゲットを定めていますか
「ほとんどアマチュアの音楽愛好家ですね。アプリを使って楽しむこと、そして音楽を通じてコミュニケーションを図ることがnanaの目指していることです」
--利用者層は
「10代の女の子の間で最も人気が高いです。世界中に400万人程度のユーザーがいます。約3分の2が日本に、残りは100カ国以上に散らばっていますが多くが台湾、米国、ベトナム、インド、フランスにいます」
--どうしてユーザーはその6カ国・地域に集中しているのですか
「理由ははっきりとは分かりません。計画して数字を伸ばしたわけではないので。いずれの国でも口コミによって人気が高まりました」
--文原さん自身についてお聞きします。以前は歌手だったのですか
「スティービー・ワンダーやレイ・チャールズが大好きなんですよ。でも、nanaを始める前、僕は実は5年ほどプロのレースカードライバーだったんです」
--車のレースから音楽アプリの創業へと大きく舵を切られたんですね。そのきっかけは
「F1のドライバーを本気で目指していましたが、資金とスポンサーがなく、レースで食べて行くことは大変でした。ちょうどテクノロジーに関心を持ち始めた頃にターニングポイントになったのは、ハイチの大地震後に寄付を集めるために作られた動画をYouTubeで見たことです。世界各地に住む57人のアマチュアミュージシャンが「ウィー・アー・ザ・ワールド」を歌っていました。各地で録音されたファイルが離れた場所でミックスされていて、感動しました。彼らが実際には会わなくても、こんなに素晴らしいハーモニーやかけ合いが生まれるのかと驚きました。こんなことが自分にもできないかなと」
“共有”が成長要因
--シードアクセラレーターのMovida Japanのプログラムの一員として、nanaのリリース時は注目を集めましたが、その後は順調に事業が上向くとはいかなかったようですね
「リリース直後はダウンロード数が伸びたんですが、最初の宣伝効果が薄れるとダウンロード数も同時に減りました。12年の末までには新規ユーザーは数えるほどしかおらず、資金もほとんどなくなっていました」
--どう持ち直したんですか
「少ない資金でどうにかアプリをデザインし直し、nanaのUX(ユーザーエクスピリエンス)を向上させました。それまでよりもずっと使いやすくなったと思います。ユーザーがサウンドをソーシャルメディアで共有できるようにもなりました。これが成長の最大の要因だと思います。若者がnanaについて再び語り始め、ダウンロード数が増加し始めました。その時からずっと伸びが続いています。今年は、1月から6月まででの登録ユーザー数が100万人増えました」
--ユーザー同士が実際に会えるイベントも開催していますね
「はい。nanaの世界観をリアルで体験する『Nanaフェス』を15年に開き、1000人ぐらいが集まりました。今年も8月に予定しています。ライブを聞くだけではなく、飛び入りセッションやカラオケもある参加型のイベントです」
--ユーザー同士がバンドを組んだりプロになったりした事例もありますか
「はい。それは結構あります。nanaで出会って結婚したカップルもありますよ」
--音楽は国境を越えます。異なる国に住むユーザー同士が音楽でコラボをしていますか
「実は残念なことに、今のところ国内のユーザーは国内のユーザーとコラボをするケースがほとんどです。外国でも、フランスのユーザーはフランスのユーザーとコラボしています。ソーシャルメディアで共有される範囲や言語の壁が主な要因ですが、将来的にはもっとグローバルなコラボが生まれるのを見たいですね」
--音楽でお金を稼ぐのが難しいことは知られています。nanaのビジネスモデルは?
「nanaの基本機能は無料で利用できますが2つの収益源があります。1つはアプリ内広告、もう1つは16年から始めたnanaプレミアムという有料版の販売です。プレミアムのユーザーには、特別なボイスエフェクト、広告の非表示設定、幅広い検索オプションといった有料版ならではの機能を提供しています」
リスク覚悟で起業
--アクセラレーターをすべてのスタートアップに勧めますか
「いいえ。僕はMovida Japanのプログラムで多くを学びました。それまで、事業経営についてはほとんど何も知りませんでしたから、プログラムの他の起業家からもメンターからも、同様に多くを学びました。言葉では言い尽くせないほどの経験でした。しかし、大きなリスクを取って成長したい、さもなくば失敗してもいいというような勢いのあるスタートアップにしかお勧めできないと思っています。VC(ベンチャーキャピタリスト)やアクセラレーターはそういう会社にしか関心を持たないからです。実際には、他にもじっくりと着実に成長できる優れた事業はたくさんあるのですが、こうしたスタートアップがアクセラレータープログラムへの参加によって多くを得られるとは思いません。彼らにとっては、チームの力で少しずつ成長していくのが最良の方法ではないでしょうか」
--神戸出身ですね。なぜ東京で起業したんですか
「今でこそ神戸で起業の機運が盛り上がっていますが、数年前とは言え、当時は神戸で人材を探すのが本当に難しかったのです。関西のIT系勉強会などには参加していましたが、起業したいなら、アイデアに関心を持ってくれる人を東京で探さなければいけない状況でした。私の場合は、ツイッター上の会話から東京に住む現CTO(最高技術責任者)と知り合いました。今は日本の各地で起業している人がいるので喜ばしいことです」
◇
UXの向上がnanaのダウンロード数を再び押し上げて現在のグローバルな成功をもたらす要因になったというのは、非常に興味深く、注目に値する。ユーザーがアプリを使いやすくなったことはもちろん既存ユーザーに良い影響を与えたが、それ以上に、ソーシャルメディアへの共有機能追加によって、ユーザー以外の人にnanaのコラボで作った楽曲が紹介され、関心を引いたことが大きい。この点は、消費者向けのアプリ開発を検討している人にとっては特に重要だ。アップストアには現在220万以上のアプリがあり、少しでも世界のスマホユーザーに気付いてもらおうと望むならば、巨額のマーケティング予算を投じるか、アプリ自体に口コミを活用した低コストのバイラルマーケティングの仕組みを備えるかしかない。アプリを利用していることを非ユーザーに知らせられるだけではなく、非ユーザーに「使ってみたい」と思わせる工夫が必要だ。
文:ティム・ロメロ
訳:堀まどか
【プロフィル】ティム・ロメロ
米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/
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