タダフサ 包丁「基本の3本」、絞り込みでブランド浸透

新潟発 輝く
完成に近い「柄入れ」の工程。接着剤を加熱する際に火花と煙が飛び散る=新潟県三条市

 6年前の3月、魚を解体する漁業用の包丁が突然、売れなくなった。顧客は東日本大震災の被災地に多い。注文が途絶えた主力商品は在庫の山と化した。

 「4月期の決算は赤字となり『このままでは、やばい』。尻に火がつき、会社を変えなければ生き残れない状況になった」

 新潟県三条市の包丁メーカー、タダフサの曽根忠幸社長はこう振り返る。立て直しに向け、ものづくり企業の再生支援に取り組む中川政七商店(奈良市)の中川政七社長にコンサルティングを依頼した。中川氏は、震災前に三条市が始めた後継者育成塾の講師を務めていた。

 問屋に改革宣言

 「売れ筋の商品と、そうでない商品をきちんと分けよう」。それまでは産地問屋から言われるままに、プロの業務用や一般消費者向け、漁業や農業用、そば切りなどさまざまな包丁を手掛けていた。多くの材料や中間在庫を抱え、リスクも背負わされている状況を変えるように中川氏が助言したのだ。

 営業部長だった曽根氏は「付き合い方を変えさせてもらう」と問屋に改革を宣言し、小売店との直接取引へと大きくかじを切る。

 中川氏とともに、一般消費者向けの自社ブランド「包丁工房タダフサ」の立ち上げへと動いた。数多くのヒット商品を生んだプロダクトデザイナーの柴田文江氏と、案内表示などのサイン分野で著名なグラフィックデザイナー、廣村正彰氏という超一流の人物の参画も得た。

 新ブランドでは、ラインアップをわずか7種に絞り込んだ。パン切りと三徳、ペティナイフの3種を「基本の3本」と位置づけ、さらに牛刀と出刃、小出刃、刺身包丁の4種を「次の1本」とした。中川氏から「包丁は種類が多すぎて、専門店では何を買えばいいか分からなくなる」との指摘を受けていた。

 震災翌年の2012年にスタートした新ブランドは、中川氏が開いた地場産業製品の展示会への出品や百貨店のイベント参加で評判を呼び、取引先が全国の小売店に広がる。業績は急速に回復し黒字転換を果たした。

 シンプルで美しく、包丁を簡単に入れ直すことができるパッケージへの評価も高い。包丁の状態を購入者が把握できるように、中には取扱説明書ではなく「包丁問診票」を添えた。切れなくなった包丁を研ぎ直すため、タダフサに送れる「通い箱」としたのだ。単なる装丁にとどまらず、派生ビジネスに顧客を誘う仕掛けが込められた。

 勝てるOEM

 「研ぎ直しは原材料費がかからず人件費だけなので、収益が生まれる。もともと手掛けていたが、中川さんの助言でシステム化した。柴田さんとは顧客とのコミュニケーションをデザインしましょうと話をした」

 売上高は震災前の2倍に増え、3割を占める基本の3本は完売状態が続き、生産が追いつかない。さらに4割を占めるOEM(相手先ブランドによる生産)が経営を支える。海外の発注先などから別注モデルを請け負い、タダフサ側の言い値で売る「勝てるOEM」だという。日本製の刃物への評価は高く、輸出はここ5年で10倍に伸びた。米ニューヨークに販売拠点を将来置く構想も温めている。

 課題は「ベテランが持つ技術の継承」。積極的に若手を採用しているものの、職人の世界だけに向き不向きがあり、定着率は高くない。また小売店との取引が拡大し、事務や梱包(こんぽう)作業などの負担が重荷になってきた。来年初めから中川政七商店に商品を卸す流通方式に切り替え、新たな段階へと歩を進める。(村山雅弥)

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【会社概要】タダフサ

 ▽本社=新潟県三条市東本成寺27-16((電)0256・32・2184)

 ▽創業=1948年

 ▽資本金=2700万円

 ▽従業員=25人

 ▽売上高=約2億円(2017年4月期)

 ▽事業内容=家庭・業務用包丁の手作り製造・販売

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 □曽根忠幸社長

 ■製品の技術継承へ若者伸ばす

 --産地企業が疲弊している

 「ものづくりの産地ではメーカーは自ら販売はせず、問屋に言われるままモノを作り、流通させていた。問屋が弱体化すると何を作ればいいか分からなくなるメーカーが多かった。当社も技術はあっても伝えるすべがなかった」

 --取り扱い品を減らした

 「カタログ上で200種以上あったものを70種に絞り込んだ。ほぼ受注生産にして在庫を持たず、顧客には待ってもらう状況にした。以前は受け身だったが、今は完全に逆になった」

 --改革への問屋の理解は

 「商品を提供しても今まで通りにならないと問屋に伝え退路を断ち、小売店との直接取引に変えた。値崩れさせず正価で売ってくれと問屋に言っても、値引きして卸すので『もう問屋に売りません』と段階を踏んだ」

 --「基本の3本」の狙いは

 「包丁って、こういうものだよとシンプルに伝えられるようにすれば小売店のスタッフが顧客に分かりやすく説明できる。当社製品を扱う店舗の99%は、基本の3本しか置いていない」

 --外需が伸びている

 「輸出は売上高の約25%。欧州と米国がメインで中国や中東も増えてきた。さびても切れ味の良い和包丁が売れる。自分で研いだり店舗が研いでくれるので問題ないという顧客が多い」

 --海外比率の目標は

 「売り上げの半分程度になるのではないか。訪日外国人が国内で購入するケースもあり、売上高の3~4割が既に外需だろう」

 --課題は

 「製品の質に自信はあるが、技術の継承は難しい。16人の職人は30~40代が中心で、60歳以上が4人、20代は2人ほど。技術が伴わなくなるので、いろいろな包丁を作り続ける。ベテランしか作れない包丁もあるが、引き継げるよう若い人を伸ばす。ただ2人を採用して辞めずに1人が残ればいいというのが現状なので、一気に職人や生産量を増やしたりはしない」

【プロフィル】曽根忠幸

 そね・ただゆき システムエンジニアとして東京都内で3年間働いた後、2002年4月に入社。12年7月に3代目の社長に就任。新ブランド「包丁工房タダフサ」を同年立ち上げる。地域の工場を開放するものづくり体感イベント「燕三条 工場の祭典」初代実行委員長も務めた。40歳。新潟県出身。

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 ≪イチ押し!≫

 ■「パン切り」くずが出ない滑らかさ

 硬いパンに刃を入れるきっかけを作る先端だけがギザギザの波状で、本体の刃は鋭い切れ味を持つ。独特のデザインを採用した「パン切り」は切り口が滑らかで、パンくずがほとんど出ない。他にはない「優れモノ」として数多くの雑誌で紹介され、無名に近かったタダフサの名を世に知らしめる一本となった。

 同社の包丁は、切れ刃の部分に高級刃物鋼の「SLD鋼」を使って切れ味の良さを出し、さびにくいステンレスを組み合わせているのが特徴。持ち手の柄には、天然木を素材とした抗菌炭化木を採用した。菌の繁殖を抑えるとともに、木の温かみが手になじみやすい。

 刃渡り23センチ、全長36.5センチ。価格は税別9500円。一般の通販では入荷まで数年待ちとされ、同社のオンラインショップも売り切れ状態。工場併設の直営店「ファクトリーショップ」で入手できる。