老舗メーカーに革命起こしたポルシェジャパン社長 銀行マンから転身、愛車は…
ドイツの高級スポーツ車メーカー、ポルシェの日本法人を率いる。銀行マンから自動車業界に転職した異色の経歴を生かし、従来の経営手法を大きく転換。国内市場が停滞する中、就任から3年間で販売台数を4割以上伸ばした。電動化や自動運転など新技術の登場で業界は大きな岐路を迎えているが、1948年からクルマを製造・販売する老舗メーカーの伝統を保ちながら革新を続ける。
--平成28年は国内販売が前年比2.9%増の6887台と4年連続で過去最高を記録し、今年も好調が続いています
「代表車種『911』などが安定して売れていることに加え、26年に投入した小型スポーツ用多目的車(SUV)『マカン』で顧客層が広がったことが勝因です。従来はポルシェが好きな固定層がとても大きく、(ファン以外は)運転が難しそうなどのイメージで選んでもらえないことがありました。マカンは初めてポルシェ車に乗る人や、『格好良いSUVを探していたら見つけた』という人が多いのです」
--マカンが広く人気を集める理由を教えてください
「従来と違うコミュニケーション(広報・宣伝)活動を展開したことだと思います。ポルシェが日本の道路事情に合った小型で比較的低価格のSUVを販売します、といっても(顧客は)買いません。ポルシェの価値であるスポーツ車について語っていないからです。『SUVのスポーツ車』という新ジャンルのクルマに乗りませんかとマカンを提案した結果、クルマの購入を検討する段階で、その考え方に共鳴してもらえる人が増えました」
--従来は「需要より1台少なく」の方針で販売し、高級スポーツ車のイメージを保ってきました
「年1000台程度しか販売していない時代は、市場に飢餓感を与えることも重要でした。しかし、SNS(交流サイト)の普及などで商談内容や販売員の情報さえもあふれている中で、飢餓感を与えるのは意味がありません。従来の成功から脱却できないことは最も危険です」
--電動化や自動運転など新技術が登場し、産業の転換期を迎えています
「30~50年後の将来に自動車が電動や自動運転になるのはほぼ間違いないと思いますが、その道のりをどうたどるかが問題です。ポルシェには最後までスポーツ車を運転する醍醐(だいご)味が求められるので、運転を外すことはありません。だが、駆動装置がガソリンエンジンのままかというと疑問です」
--セダン「パナメーラ」に新型のプラグインハイブリッド車(PHV)を今年投入しました
「(電動化は)走行性能を向上するのが目的です。ガソリンで走る時間を減らして燃費を改善するよりも、(電動モーターは)エンジンを強化する第2のターボだと考えています」
--日本市場は米フォードが撤退するなど世界での存在感が薄れています
「中国のように急速に人口が増える都市に拠点を置けば量販車の販売台数は増えます。だが、フォルクスワーゲン(VW)グループの中で、ポルシェの使命は富裕層に効率良くアピールすることです。日本の富裕層市場は首位の米国に次ぐ規模があり、依然として中国を上回っています。ポルシェの世界販売の中でも今年1~3月期は5位に入っているので、使命は全うしていると思います」(産経新聞経済本部 会田聡)
【愛車】最初は大学時代に乗ったトヨタ自動車のセダン「カリーナ」。実家の建設会社で夏休み中、働く代わりに買ってもらった。2年間で走行距離は約7万キロに上り、「おやじにタクシーでもやっているのかと笑われました」。現在はポルシェのSUV「カイエン」で週末などにドライブを楽しむ。
【思い出の道】世界ラリー選手権(WRC)の伝統の一戦、ラリー・モンテカルロで有名な南仏のチュリニ峠。約20年前からジオラマで再現するなど憧れ、3年前に実際に運転する機会に恵まれた。「気分は(有名ラリー選手)ミシェル・ムートンでした」
【銀行員時代】就職は地元へのUターンを考え、群馬銀行に入行し、中小企業への融資などを担当した。「現在も販売店の収支のチェックなどに、銀行員時代の経験がすごく生きている。仕事が自分に合わないという人もいるが、そんな仕事一つもありません」
【サッカー】小学生から大学までサッカー部に所属し、ゴールキーパーからトップ下まで経験した。現在は母校・高崎高校の後輩である横浜F・マリノスの中町公祐選手を応援する。
■七五三木敏幸(しめぎ・としゆき)昭和33年12月13日生まれ。一橋大卒業後、群馬銀行に入行して融資や窓口などを担当。クルマ好きが高じて数社に手紙を送り、平成元年にメルセデス・ベンツ日本に転職して自動車業界でのキャリアをスタートした。マーケティングなどを経験し、クライスラー日本社長を経て26年2月から現職。群馬県出身。
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