フィンテック特許訴訟の意義 スタートアップ企業の意識改革も

高論卓説

 7月27日、東京地裁で、会計ソフト会社のfreee(フリー、東京都品川区)が同業のマネーフォワード(同港区)に対して提訴していた特許権侵害訴訟の判決があった。

 最近は、ITの進歩がめまぐるしく、それに合わせて、ITと金融を融合した新サービス「フィンテック」の開発も進んでいる。例えば、紙面をよくにぎわせている仮想通貨のビットコインもフィンテックの一つ。

 今回、紛争の当事者となったfreeeおよびマネーフォワードも、このフィンテックをウリにする会社だ。freeeは、中小企業や個人事業主向けに経理の自動化を可能とするソフトウエアの開発、提供などを行う。他方、マネーフォワードは家計簿アプリのソフトウエア開発を行う。

 今回の訴訟では、freeeがマネーフォワードを訴えた。freeeは、クラウドでの会計処理における自動仕訳のルールに関する特許を保有しており、マネーフォワードの提供するソフトウエアがこの特許に抵触しているというものだ。

 結論は、特許権者であるfreeeの敗訴であった。freeeの特許では、参照テーブルを用意し、この参照テーブルを用いて仕訳を行うのに対し、マネーフォワードのソフトウエアでは、機械学習により仕訳を行う。この際、参照テーブルは用いられない。結論および理由は、特許の専門家からすれば、さもありといったところであるが、この訴訟の意義は、いろいろな意味でとても大きいと思う。

 まず、特許権は使わなければ意味がない。せっかく取得した特許も使わなければ、取得した意味がない。もちろん、特許の最も有効な使い道は、参入障壁の構築にある。しかしながら、参入障壁に入ってきたプレーヤーをはじき出すには、裁判などで特許権を行使するほかない。

 今回、残念ながら特許権者のfreeeは敗訴してしまったが、きっちり権利行使する姿勢を示した。これまで、特許はモノづくり系企業のための制度であったといっても過言ではない。しかし、最近はフィンテックやモノのインターネット(IoT)など、モノづくりに限られない。freee、マネーフォワードも2012年に設立された会社であり、俗にいうスタートアップ企業に分類される。

 もっとも、freeeの資本金は96億円超、マネーフォワードの資本金も18.6億円となっており、両社ともかなりの資金を調達しており、将来を嘱望されている会社であることは間違いがない。このようなフィンテック系スタートアップの雄ともいえるfreeeが特許権侵害訴訟を提起したこと自体は、この分野における特許に対する意識を変えることになるのは間違いない。

 フィンテック分野における特許に対する意識は、典型的なモノづくり系の大企業に比べれば、まだまだといったところである。特許情報プラットフォームを使って調べてみると、freeeの保有している特許は2件、対するマネーフォワードの保有している特許は1件である。両社の技術および集めた資金の額を考えると、この件数はあまりに少なすぎる。

 今回の件が契機となって、危機感を持ったプレーヤーはよりよい特許を数多く出願する方向に進むことになると思うが、危機感を持たないプレーヤーはどんどん取り残されていくことになるであろう。

【プロフィル】溝田宗司

 みぞた・そうじ 弁護士・弁理士。阪大法科大学院修了。2002年日立製作所入社。知的財産部で知財業務全般に従事。11年に内田・鮫島法律事務所に入所し、数多くの知財訴訟を担当した。17年1月、溝田・関法律事務所を設立。知財関係のコラム・論文を多数執筆している。40歳。大阪府出身。