細胞培養肉を手頃な価格で食卓に

日本発!起業家の挑戦
インテグリカルチャーの羽生雄毅氏(右から2人目)

 □インテグリカルチャー・Shojinmeat代表 羽生雄毅氏に聞く

 実験室で食肉を育てるシーンは、SFでは何十年もお決まりとされてきたが、ジェットパック(宇宙飛行士用の生命維持装置)同様にこれまで実用的ではなかった。少なくとも、食肉を工場規模で大量に培養することに成功し、一般消費者の手に届く価格で提供した者はまだいない。羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)氏率いる「Shojinmeat(ショウジンミート)」プロジェクトはその可能性に挑戦している。

 科学者が筋肉細胞を実験室で培養するようになってからはすでに100年以上がたっているが、同プロジェクトでは従来の培養方法の1000分の1以下のコストで質の高い培養肉(イン・ヴィトロ・ミート)を生産する技術を開発することを、現実に達成可能な目標として掲げる。それでも通常の食肉に比べるとまだ高級すぎるが、Shojinmeat普及に取り組むチームや海外の企業は近い将来、培養肉の生産コストを店頭に並べられるレベルにまで下げられるという。

 2つの組織で推進

 --Shojinmeatはよくあるスタートアップ企業ではありませんね

 「実は2つの組織があるんです。Shojinmeatはバイオ・ハッカーのコミュニティーです。細胞農業の概念確立や技術開発を目指すさまざまな分野の研究者、学生、芸術家が集まっておのおのの分野で研究会や創作活動をしています。もう一つは私が代表取締役を務めるインテグリカルチャーです。2015年10月に設立し、細胞農業の技術を産業化することに注力しています」

 --細胞農業の方法を簡単に説明してください

 「従来は動植物から収穫される農産物を細胞培養によって生産するのが細胞農業です。その一つ、培養肉の生産過程はシンプルです。動物から細胞を取り出してそれを培養液の中で育てると筋肉細胞の塊になります。私たちはこれを純肉と呼んでいます」

 --どんな肉を培養しているのですか

 「入手が簡単なので鶏肉を使っていますが、この技術は牛でも豚でも、他の動物でも同じように効果的に使えます」

 --サンドイッチのために100グラムの鶏肉が欲しいとします。どれぐらいの時間とコストがかかるのですか

 「期間は20日ほどです。従来の培養方法であれば200万円以上かかりますが、私たちの開発した培養方法であれば約4万円で済みます」

 --それでもまだ高いサンドイッチではありますが、どのようにコストを削減することに成功したのですか

 「主に培養液を改善することによってです。従来のコストの大部分を占めているのが培養液で、基礎培地とFBS(ウシ胎児血清)、成長因子からできています。FBSはとても高価ですし、動物由来の製品です。ヤコブ病汚染のリスクもあります。従来の培養方法では、必要な動物からのインプットの方が、培養の結果得られるアウトプットよりも多いので持続可能な方法ではありません。私たちは、酵母に由来するFBSの代替品を開発し、また今年に入って卵黄由来の代替品の開発にも成功しました。加えて基礎培地も見直し、成長因子の不要化にも取り組んでいます。FBSを使った培養液1リットル当たりは1万円近くしますが、そのコストを10円程度に抑えられるよう技術開発を進めました。研究室で育つ培養肉のコストは桁違いに低くなりますし、この方法は環境負荷が低く、持続可能です」

 --100グラム4万円でもかなり低価格になったことは分かりましたが、まだ一般消費者には手が届きませんね。培養肉の価格を店頭に並ぶレベルまで引き下げるには、何が必要なのでしょう

 「培養過程の自動化・効率化と規模の経済によってそこまで価格を下げることは現実に可能だと思います。もう驚くような技術革新がなくてもそのレベルに達することができます。今は実験室の中で、人力で培養が行われていますが、その過程を標準化して現代的な生産過程にしていけば、細胞の大量培養ができます」

 --誰もが気になっていると思いますが、培養肉はどんな味がしますか

 「鶏肉の味がします。味をつけて食べてみたことがあります」

 5年以内に提供開始

 --でも、一般に売られている食肉は単なる筋肉細胞の塊ではありませんよね。肉汁、舌触りや歯応えが味の決め手になっています。牛肉は特にそうですね

 「確かにその通りです。培養肉が目指している物にはいくつか種類があります。まず、ひき肉です。これは最も簡単で技術的に実証されています。消費者はひき肉の味と食感の違いが肉の質そのものよりも添加物と肉をひく工程によるだろうと思っていますから、期待を満足させることもできます。次にベーコンです。“細胞の足場”の上に筋肉細胞を培養する技術を要する点が複雑ですが、まだ比較的再現が簡単だと思います。最も難しいのがステーキ肉です。肉そのものに由来する食感を楽しむのがステーキです。動脈、脂肪、神経、そういったすべての器官に気を配らなくてはならないので、実験室で培養するのが最も難しい種類といえます」

 --消費者は実験室で作られた肉を食べることに抵抗がないでしょうか

 「世界中でアンケートが行われています。多くの人が培養の方法について説明を聞き、環境に良いと分かると試してみたいと言います。培養肉を食べることに対する壁は、今のところ社会的・文化的・倫理的な課題よりも、コストの方が高いようです」

 --今後10年で培養肉が一般に販売されるようになると予想しますか

 「私たちの細胞培養技術が最初に商業利用されるのは食品分野ではありません。製薬会社の薬の開発に役立てられることになるでしょう。培養した肝臓の細胞や皮膚の細胞は、天然の物よりもずっと安いです。すでに医薬系企業と共同で研究を進めています。特に肝臓細胞の培養については、この分野で実用化される可能性が高いです」

 --なるほど。では培養肉が消費者の口に入るのはいつでしょう

 「5年以内には、世界の最先端のレストランや専門店で提供されるようになると思います。高価で珍しくて、環境負荷の低い食品として、ある一定の富裕層が食べるようになるでしょう。15年もすれば、農場で育てられた家畜の肉よりも値段は安くなると思います。そうなれば、スーパーでも販売され、普通の食品として消費者が手に取ることも可能です」

 少し期待していたが、インタビューでは実験室生まれの鶏肉を食べられなかったのが残念だ。培養肉はそのうち珍しくなくなり、日常的に食卓にのぼる光景が現実になるのだろうか。

 代表の羽生氏はSF世界に憧れを抱いて英オックスフォード大院で研究し、その後も環境エネルギーなど近未来的な科学技術を追い求めてきた。技術革新は急速に進み、細胞培養コストはここ数年で劇的に下がった。しかし、培養肉が店頭に並ぶ未来を実現するための大きな後押しとなるのは、アンケートに現れるように、培養肉に対して人々が柔軟な態度を示していることではないだろうか。培養肉普及には社会的な受容が不可欠だからだ。価格が下がるにつれ、各国で宗教、倫理、生態系への影響などさまざまな議論が活発に行われるようになるに違いない。チキン・サンドイッチが食べられる日を楽しみに待ちたい。

 文:ティム・ロメロ

 訳:堀まどか

【プロフィル】ティム・ロメロ

 米国出身。東京に拠点を置き、起業家として活躍。20年以上前に来日し、以来複数の会社を立ち上げ、売却。“Disrupting Japan”(日本をディスラプトする)と題するポッドキャストを主催するほか、起業家のメンター及び投資家としても日本のスタートアップコミュニティーに深く関与する。公式ホームページ=http://www.t3.org、ポッドキャスト=http://www.disruptingjapan.com/