「涙もろいクルマばか」豊田社長に火がついた?! トヨタのスポーツカー新ブランド「GR」始動
トヨタ自動車がスポーツカーを活用したブランド戦略の強化に乗り出した。9月19日には、モータースポーツブランド「GAZOO Racing(ガズーレーシング)」の頭文字を名称に採用したスポーツカーの新ブランド「GR」を発表。「ルマン24時間」などの世界耐久選手権(WEC)や世界ラリー選手権(WRC)への参戦で培った技術を反映した市販車を続々投入し、“クルマ離れ”が指摘される若者を中心に新たな需要開拓を図る。レースでも、ライバルの独ポルシェが今季限りの撤退を決めたWECに2018年も参戦の意向を示すなど攻めの姿勢は崩さない。自らハンドルを握り、「MORIZO(モリゾウ)」の愛称でレーシングドライバーの顔を持つ豊田章男社長を喜ばせる成果を挙げられるか。
トヨタは今年4月にモータースポーツ部門を「ガズーレーシングカンパニー」として社内分社に格上げし、友山茂樹専務役員がトップを務めている。
9月19日のGR発表と同時に「ヴィッツ」や「プリウスPHV」などのスポーツ仕様車7モデルを発売。来年春までに4モデルを追加し、国内で月2000台程度の販売を目指す。スポーツカーに特化した販売店「Gガレージ」も17年度中に39カ所開く計画だ。
「クルマばか」「涙もろい」「センスの良い生徒」「チームメート」-。
東京都江東区の「メガウェブ トヨタシティショウケース」で開かれたGRの発表イベント。登壇した小林可夢偉選手をはじめとするガズーレーシングのドライバーやトヨタ社員らは多彩な表現で、ある人物を評した。
お題は「モリゾウってどうよ?」。つまりは「ボス」であり、レースの仲間である豊田社長をどう評価するかというシビアな質問だ。登壇者がパネルに回答を書いた後、豊田社長が予告なしに“サプライズ登場”し、会場を沸かせた。
「クルマばか」との評価について、司会から「クルマ好きの上を行く、ほめ言葉。うれしいのでは?」と聞かれた豊田社長は「そうね」と、まんざらでもなさそうに笑顔を見せた。
GRのキャッチフレーズは「IGNITE(イグナイト)」。日本語で「着火」を意味し、人々の心の奥底にあるスポーツカー魂に火をつけたいとの思いが込められている。
社長の登場は部下たちの心にも「火をつけた」のか。トークショー終了後の報道陣との質疑応答で、友山氏はWECについて「来年も最上位クラスに参戦していきたい」と大胆にも宣言した。
これに対し、そばにいた豊田社長は「どうせ社長の言うことは誰も聞かない会社ですから」と笑い、ゴーサインを出した。
トヨタは世界販売で首位を争う一方、環境対応車など「優等生」とも言えるクルマが目立ち、卓越した速さや耐久性を競うモータースポーツの世界で存在感は薄かった。
WRCには1970年代に参戦したが、自動車レース最高峰のF1を目指したことに伴い99年に撤退。2002年から参戦したF1では、一度も優勝できないままリーマン・ショック後の09年に退いた。記者会見では専務が涙ぐみ、豊田社長も厳しい表情を見せた。
レース参戦には年間数億円~数百億円の費用がかかるとされるが、豊田社長はあきらめなかった。07年からは独ニュルブルクリンク24時間耐久レースにGRの名称で参戦。12年にはWECに参戦し、今年復帰したWRCでは2戦目で初優勝の快挙を果たした。
GRの発表イベントで、豊田社長は「86(ハチロク)」をベースにしたラリー車「モリゾウ 86」を自らデモ運転。なめらかなステアリングによるスピンターンを披露した。
「優等生」のイメージを払拭するかのような「やんちゃぶり」を見せつけたが、自動車業界の競争環境は厳しい。
米テスラなど電気自動車(EV)メーカーの台頭のほか、カーシェアリングサービスの普及、生活スタイルや娯楽の多様化による「クルマ離れ」が進むなど逆風が強まっている。
こうした状況では、購買意欲を刺激するような個性的なクルマづくりがおのずと求められる。スポーツカーを活用したブランド戦略はその好例といえそうだ。
ライバルの日産自動車も、量販車をレース仕様にした「NISMO(ニスモ)」ブランドの車種を22年をめどに2倍以上にする計画を掲げる。独アウディも「Audi Sport(アウディ スポーツ)」の販売網を日本で展開する。
「80年の歴史を迎えるトヨタが改めて面白いクルマを造れることを示したい」と豊田社長。新たな「かっこいいクルマ」の歴史を切り開けるか。(宇野貴文)
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