高齢認知症での財産凍結を防げ 本人に代わって資産運用できる「家族信託」に注目

 
日本財託の家族信託セミナーで講師を務める横手彰太氏(右)と制度を利用した高橋千賀子さん=東京・新宿、2017年12月16日

 認知症などにより判断能力が失われた高齢者の財産を守る手段として、本人に代わって信頼できる家族に財産の管理・運用を任せる「家族信託」への関心が高まっている。認知症と診断されると財産は凍結され、高齢者施設に入居するために預金を引き出すことも、自宅を売却することもできなくなるからで、介護に必要なお金の問題で苦悩する家族を救うのが家族信託といえる。相続発生時に遺言の代わりになったり、財産を子から孫へ渡す順番を決めたりすることもできる。認知症への備えとして提案する金融機関や不動産会社が増えている。(松岡健夫)

 「不安から解放」

 「後見人や遺言は何となく聞いていたが、家族信託は全く知らなかった。父の認知症リスクが高まる中、有効な方法か半信半疑だったが、実家のマンションが売れて介護費用の不安から解放された」

 東京23区投資用ワンルームマンション販売や賃貸管理などを手掛ける日本財託(東京都新宿区)が昨年12月16日に開催した「家族信託セミナー」に登壇した高橋千賀子さんは笑顔を交えながらこう語った。

 1年前のセミナー参加がきっかけで家族信託を知り、両親の介護費用を確保するため信託契約を結び、マンションを売却した。「無事に両親の生活資金を手元で管理できるようになり、ホッとしている」と振り返る一方で、「父の認知症が進み、今なら契約は無理。両親と相談して早めの対策が必要」と利用を呼びかけた。

 「家族信託は認知症による財産凍結問題の特効薬」(日本財託の重吉勉社長)にもかかわらず、「知らない人が多い。メリットを紹介するのが役割」と講師の横手彰太・家族信託コーディネーターは知名度向上に努める。毎月開催されるセミナーのほか、認知症とお金の問題をテーマに出版。介護を意識し始めたら準備しておきたい新しい資産防衛法と紹介している。

 今回のセミナー参加者74人のうち15人から個別相談を求められた。鹿児島や福岡に住む両親の財産管理を行いたいという話もあった。

 同社が家族信託の普及に積極的なのは「本業につなげるきっかけとなるフロント商品」(横手氏)と位置づけているからだ。契約件数は40に達したが、家族信託コーディネーターとして信頼関係を築くことでビジネスに発展する事例も出始めた。

 実際、高橋さんのマンション売却に当たり不動産仲介業者として力を発揮。司法書士の紹介から売却まで面倒をみてくれたことに気をよくした高橋さんは「母親の預金も認知症になると凍結され引き出せなくなるので信託契約を結んだ。ワンルーム購入による資産運用も可能になる」と前向きだ。

 自由に方法設計

 家族信託は2007年9月の信託法改正で身近なものになった。民法で定められた遺言や成年後見制度と違って、生前から死後まで資産承継の仕方を自由に設計できる。高齢の両親の認知症対策として、子供が実家を売却して両親の介護費用を捻出できるだけでなく、財産承継先を指定できる。しかも遺言では無理な2次、3次の相続先も決められる。

 認知症患者は現状の約460万人から25年には約700万人に達するといわれる。後見制度は、判断能力をなくした本人の代わりに財産を守ってくれるが、原則として本人のためにしか使えない。一方、家族信託は家族のために財産を守る方法として注目されるようになり、柔軟な対応が難しく後見人の負担も重い後見制度を補完してくれる。

 この2つを「車の両輪」と顧客に紹介しているのが城南信用金庫(東京都品川区)。15年12月に始まったセミナーでは「後見制度は本人の借金を認めていないが、家族信託を組み合わせると借り入れが可能になる。双方の利点を生かす財産管理設計ができる」(お客様応援部の沢井歩氏)と訴えてきた。

 ■「粗悪品」注意、金融機関に相談を

 講師役を担ってきた吉原毅顧問(元理事長)は「お客さまによって財産もいろいろ、相続パターンもさまざまで、無限のバラエティーがある。家族の事情をよく知る地域密着型金融機関がオーダーメードで提供できる。われわれの出番だ」と強調する。その一方で「(一部の相続人が有利になるような)粗悪品も出回っている。家族信託をよく知らない税理士や司法書士もいるので金融機関に相談すること」と注意を促すことも忘れない。

 利用開始から間もないため、士業といえども詳しいわけではない。日本財託の横手氏は「家族信託に精通していない士業に契約作成を依頼すると失敗する」と警鐘を鳴らす。

 家族信託などの組成・管理の適正化支援に取り組む信託制度保障協会が昨年12月8日に開催した第2回シンポジウムに参加した145人のうち半数以上が士業だった。

 「適正な家族信託を推進するのは金融機関と専門家の責任。レベルアップが喫緊の課題として士業に参加を呼びかけた」と話すのは、協賛した西武信用金庫(同中野区)の鈴木康介氏。資格が不要なため自称専門家も多く、契約の不備が普及を妨げていると指摘する。厳格にチェックできる専門家の育成が不可欠というわけだ。

 シンポジウムで西武信金の落合寛司理事長は「豊かなシルバー人生を送るための対策が重要であり、高齢者向けサービスの一環として家族信託を強力に推進、実績も出始めた」とあいさつ。

 家族信託の金銭管理などで信託管理口座を開設した顧客数は2桁に達した。賃貸併用住宅を検討している顧客から家族信託を組成した上で建築資金を融資した事例もあるという。

 高齢化に伴い認知症にかかるリスクは高まるばかり。家族信託への潜在ニーズは高いだけに、サービスの認知度向上とともに、家族信託を使いこなせる専門家や金融機関の広がりが求められる。

 ■法定後見制度、遺言、家族信託など比較

 (左から、法定後見制度/遺言/遺言信託/家族信託)

 財産管理(認知症対策) △/×/×/◎

 財産承継 ×/○(1代のみ)/○(1代のみ)/◎(何代でも可能)

 初期費用 10万円~/0~30万円/32.4万円/100万円(契約書作成費)

 ランニングコスト 月1万~5万円/※0円/遺言書保管料年6480円※遺言執行費用約200万円/※0円

 ※書き直しの場合は費用発生。遺言信託(某メガバンク)、家族信託は財産1億円の場合(横手彰太氏著「親が認知症になる前に知っておきたいお金の話」から)