クラフトボスが大ヒットした納得の理由 「ちょっと薄味」「太い容器」「クラフト感はどこ?」→全て戦略だった

 
サントリー食品インターナショナルでクラフトボスのブランドマネジャーを務める桜井弓子さん

 「缶コーヒーじゃないボス」が売れている。サントリー「クラフトボス」シリーズの販売数量が、2017年4月の発売開始からわずか9カ月で1000万ケース(2億4000万本)を突破した。クラフトボスの最大の特徴は、缶ではなく「ペットボトル」に入っていること。“コーヒーは缶”の固定観念を覆したことで、缶に馴染みが薄い若者世代にヒットした。

 ところで、クラフトボスの容器はちょっと太めで、若者向けの割にはあまりスタイリッシュではないことにお気付きだろうか。口当たりは濃さは控えめで、商品名に冠した「クラフト」らしさはテレビCMで全く触れられない謎……。実は、これらは“あえての戦略”とのこと。一体、どんな秘密があるのだろうか。(SankeiBiz 久住梨子)

◆味を濃くしない理由

 「我々が想定した以上に、若者と女性に飲んでもらえています」と、サントリー食品インターナショナルでクラフトボスのブランドマネジャーを務める桜井弓子さんは反響の大きさを話す。

 市場調査会社の富士経済によると、2017年のリキッドコーヒー市場は前年比112.4%の1754億円を見込んでいる。2010年以来の市場の二桁増を導いたのは、若者を中心に大ヒットしたクラフトボスだ。食のトレンドに精通したフードライター中山秀明さんにヒットの要因について聞くと、「既存のコーヒー商品とは一線を画す斬新なデザインによるところが大きい」という。

 「缶コーヒーのボス」でお馴染みのボスは、1992年の誕生以来、25年間も缶のスタイルを守り抜いてきた。近年はコンビニコーヒーが流行したこともあり、コーヒー飲用者の増加を追い風に、ボトル缶を中心に缶コーヒーは伸びている。

 一見好調のようだが、業界では若者の缶コーヒー離れが懸念材料となっている。ボスブランドでも若年層顧客の拡大に向けた商品開発が進む中、どうしたら若者に響くか桜井さんらは頭を抱えていた。そんな中、ある若者の声にヒントを得て、ボスは「缶」を脱ぐことになる。

 「缶は保存食のイメージがあるという声が上がったのです。さらに分析を進め、同じ保存食でも缶詰とビン詰めでは、透明かどうかで受ける印象が違うことに気付きました。それでペットボトル容器を採用することで中身が全て透けて見えるようにし、フレッシュ感が伝わるようにしました」(桜井さん)

 さらに前出の中山さんによると、ペットボトルにしたことでコンビニコーヒーの顧客を一部取り込めたと言及する。

 「コンビニコーヒーの挽きたての美味しさにはかなわないかもしれませんが、クラフトボスはキャップ付きなので便利。飲み切れなくてもカバンに入れられますし、アイスの場合は氷で味が薄くなるということもありません」(中山さん)

 味わいもひと味違う。これまで缶コーヒーは、エナジードリンクの要領で気を引き締めるシーンで飲まれてきたこともあり、濃いテイストのものが割合多い。これに対して、クラフトボスはさらっとした飲み口だ。

 「飲んだときに、一般的な缶コーヒーよりちょっと薄いと感じませんでしたか? 実はあえて、するする飲める味わいにしています」と桜井さんは話す。

 「新種のコーヒーとして、濃い味わいより、すっきり飲める口当たりを意識しました。容量もたっぷりあるので、ちびちび飲んでも飽きません。購買データを見ると、これまで水やお茶を購入していた『コーヒーを飲んでいなかった層』にも届いています」(桜井さん)

◆ボトルは「あえてポテッと」

 味わいについては、商品名に冠された「クラフト」らしさも気になる。

 話題を呼んだテレビCMでは、上司役の堺雅人氏と、ミレニアル世代の社員がコミカルに掛け合い、新たな働き方が前面に押し出される一方、商品のクラフトマンシップには全く触れられていない。クラフトボスというネーミングになった経緯について聞いてみた。

 「クラフトビールを中心にしたブームは意識していました。正直、最初は深掘りできていない中で『丁寧に手作りしている』『多くのプロセスを踏んでいる』といった意味合いでクラフトボスとネーミングしようという案がありました」(桜井さん)

 日本では2000年代後半から、アメリカ・ポートランド発のクラフトビール文化が若者の間で注目されるようになった。2012年頃からブームに火がつき、今ではチョコやハンバーガーなどにもクラフトの波が押し寄せている。前出のフードライター中山さんによると、「クラフトに近い要素を持ったヒット食品に『明治 ザ・チョコレート』『湖池屋プライドポテト』などがあります。クラフトはおしゃれさを想起させるため、感度の高い若者に刺さりやすいのです」。

 このブームから着想を得たチームは「クラフトボスっていいかも」と話を進めていたが、ゴーサインを出す事業部長には「流行だからではなく、もう少し分析を深めて」と突き返されてしまう。

 クラフトとは一旦離れて、チームは「そもそも顧客ターゲットを誰に設定するか」というところに立ち返ることになった。ここで活きたのが、25年間変わらない「働く人の相棒」というボスのコンセプトだ。

 「若者向けの新商品でも『働く人の相棒』というコンセプトは引き継ぎたいと思っていました。それで現在の若者の働き方を考えたとき、IT従事者が多いことに目が留まったのです」(桜井さん)

 IT従事者からは、打ち合せも多くなく、一人黙々とデスクワークをこなすことに孤独を感じる人や、仕事で電子機器に囲まれているためプライベートではデジタル離れをしたいという声が目立ったという。

 「そういう方は、例えば革製品や万年筆など、職人のぬくもりやこだわりが感じられるモノを好む傾向にあることが分かったのです。これを発見し、私たちがネーミングしたかったクラフトボスと、ターゲットである働く若者のニーズが合致したのです」(桜井さん)

 人のぬくもりを表現するために、見た目にもある仕掛けがされている。

 「このボトルも決してスタイリッシュではなく、あえて太さを出して、ポテッとさせています。クラフトボスでは根詰めて働く人がホッと一息できるよう、緊張感のないデザインにこだわっています」(桜井さん)

◆「クラフト」らしさはどこにある?

 テレビCMで、商品の「顔」であるクラフトマンシップには触れられていない理由についても聞いてみた。

 「本格珈琲とか、◯◯監修とか、あまり権威的にしたくなかったんです。もちろん、ブラジル最高等級豆を使っていたり、200以上の工程を経て仕立てていたり、クラフトマンシップは随所にこもっています。ですが、新種のコーヒーとして売り出したこともあって、いわゆる本格派な濃いコーヒーとは闘う土俵も違うので、テレビCMではあえて誇張しないようにしています」(桜井さん)

 「緊張感のないデザイン」「ちびちび飲めるすっきりした味わい」「若者らしいフラットなイメージ」-こうして出来上がったクラフトボスは、発売直後から人気が過熱。2017年6月にラテ風味が発売された際には、売れすぎて3日で一時出荷停止となるほどの盛況となった。クラフトボスシリーズの売行きは過去にヒットした飲料商品「ヨーグリーナ」「オランジーナ」を上回り、若年層顧客の拡大が課題となっていた市場に見事風穴を開けた。

 「今年はいよいよ競合メーカーからもペットボトルコーヒーが登場するのではないかと予想しており、厳しい闘いになるのかなと思っています。最初にペットボトルコーヒーを出したパイオニアとして、今年は1500万ケース達成を目指して頑張ります」(桜井さん)