【兵庫発 輝く】伝統文化存続へ、菰樽の新たなニーズ創出 岸本吉二商店

 
菰樽づくりの作業を進める岸本吉二商店の職人=兵庫県尼崎市

 結婚式やパーティーなど祝いの席で、酒樽(だる)の蓋を木槌(きづち)で割り中の酒を木枡(きます)で振る舞って喜びを共有する日本の伝統文化「鏡開き」。その酒が入った樽「菰樽(こもだる)」の最大手が岸本吉二商店(兵庫県尼崎市)だ。創業は明治30年代で、全国の酒蔵のため菰樽をつくり続けてきた。鏡開き文化が衰退しつつある現代でも、先進的な商品や取り組みで新たなニーズを創出している。

 鏡開きの衰退

 菰樽のルーツは江戸時代に遡(さかのぼ)る。国内有数の酒どころとして知られる灘五郷(神戸市と兵庫県西宮市)や伊丹(同県伊丹市)の酒を船で江戸に運ぶ際、稲のわらを織った菰を巻き緩衝材にした菰樽が用いられた。同社が拠点を置く尼崎市は灘五郷や伊丹に近く、菰の原料となるわらが豊富な地域だったことから酒蔵に菰を納入する農家が多かったという。

 そんな中、同社の創業者で現在の岸本敏裕社長の曾祖父にあたる岸本吉二氏が明治30年代に菰樽づくりを事業化。酒蔵から依頼を受け、酒の銘柄を印字した菰樽を納入するようになった。当時は大人数が集まる祝い事では鏡開きが頻繁に行われた。年末年始や選挙の際は菰樽需要が急増し、「荷師(にし)」と呼ばれる菰樽専門の職人が不眠不休で働き、年間で4斗(72リットル)の菰樽を5万個以上販売することもあった。

 戦時中は菰樽づくりを中断していたが、戦後の1949年から再開。同時に「全国の酒蔵の銘酒を扱いたい」と3代目社長の岸本一司(いちじ)氏が全国各地の酒蔵と契約を結び、業界最大手に成長した。現在も約600の酒蔵に菰樽を納入している。

 しかし、4代目となる現在の岸本社長が就任した97年ごろから、菰樽需要の落ち込みが止まらなくなった。原因は鏡開き文化の衰退。

 「昔は選挙や神事などの祝い事で鏡開きは必須だったが、次第に行われなくなった」という。90年代の菰樽の年間販売個数はピーク時の半分以下の6万個前後まで落ち込んだ。「鏡開きや菰樽が時代とともに忘れ去られていくのを感じて寂しかった」と振り返る。

 インテリア用に需要

 鏡開き文化の復活を期し、岸本社長は2003年に卓上サイズの菰樽「ミニ鏡開きセット」を開発した。菰のデザインも若手デザイナーに依頼するなど菰樽のイメージを一新。「気軽に鏡開きを楽しめる」と話題を呼び、年平均8000個を売り上げるヒット商品となった。

 また同時に、全国の展示会に参加するなどPR活動を積極的に展開した結果、酒造メーカー以外の企業からの問い合わせが増えた。「海外進出した新店舗のオープン記念に鏡開きをしたい」などの声が多く、さらには海外ブランドの国内初出店や映画公開の舞台あいさつなど今までにない場面で鏡開き需要が開拓された。

 特に海外での注目度は高く、「菰樽をインテリアとして自宅に飾りたい」という日本文化好きの外国人や、「和風のイメージを伝える装飾品として菰樽を店内に飾らせてほしい」という日本料理店のオーナーからの要望があり、菰樽が鏡開き以外の目的で使われる場面も増えてきている。

 岸本社長は「鏡開きは選挙や神事などでよく行われていたが、今は結婚式やパーティーが中心だ。菰樽をインテリアにという需要も以前は想像できなかった。時代が変わっても菰樽が活躍できる場所を模索していきたい」と話す。鏡開きが「KAGAMIBIRAKI」として世界中で見られる日が来るかもしれない。(土屋宏剛)

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【会社概要】岸本吉二商店

 ▽本社=兵庫県尼崎市塚口本町2-8-25

 ▽設立=1959年8月

 ▽資本金=1250万円

 ▽従業員=30人

 ▽売上高=7億2000万円(2018年6月期)

 ▽事業内容=菰樽の製造・販売

 ■阪神大震災の2週間後に製造再開 岸本敏裕社長

 --全国に同業が3社しかない

 「1980年代まではまだ多くの同業者が残っていた。致命的だったのは95年1月の阪神大震災。菰樽需要の右肩下がりが続くなか、専用の機械や印刷機が壊れてしまい、撤退する同業者が相次いだ」

 --震災での被害状況は

 「社屋が倒れかけたが、震災は繁忙期の10~12月を過ぎた後に起きたので、倉庫が空になっていて商品の被害はなかった。95年は4月に統一地方選があり、立候補者の事務所開きや当選用の菰樽を準備する必要があり、震災で落ち込んでいる場合ではなかった。地震発生から2週間後には菰樽づくりを再開させた」

 --菰樽に新たな需要が生まれている。その背景は

 「卓上サイズの菰樽『ミニ鏡開きセット』がきっかけとなった。当初は居酒屋での需要を見込んだ商品だったが、企業内の打ち上げや結婚式など、こちらが想像していない場面で鏡開きをしたいという人が多く、現在も年間で約8000個売れるヒット商品になった。企業から直接『鏡開き用の菰樽がほしい』との問い合わせも増えている。菰に印刷するデザインも、インクジェット印刷機を使えば企業やブランドの複雑なロゴマークも簡単に出力できる。各酒蔵の銘柄以外のデザインも増えており、菰樽が活躍する場が広がっている」

 --今後の課題は

 「菰の原料となるわらを作ってくれる農家の後継者不足が深刻だ。現在は樹脂製が増えているが、『本物の稲のわらを使った菰樽がほしい』という酒蔵も多く、原料の確保が課題となっている。そのうち菰も自社で製造する必要が出てくるかもしれない。現在3社しか残っていない業界だが、菰樽や鏡開き文化を次世代に伝えていくためにも課題を克服していきたい」

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【プロフィル】岸本敏裕

 きしもと・としひろ 甲南大卒。大手酒造会社で修業後、1988年に岸本吉二商店入社。97年に4代目社長に就任した。57歳。兵庫県出身。

 ≪イチ押し!≫「ミニ鏡開きセット」卓上で簡単に

 誕生日や結婚式などの祝い事の際、本格的な4斗(72リットル)樽での「鏡開き」はさすがに難しいという人のために、ミニサイズの菰樽(こもだる)が生み出された。

 「鏡開き文化を身近に」という願いが込められている。

 卓上に置いて簡単に鏡開きが楽しめるように、樽は直径、高さともに約18センチとコンパクトサイズ。清酒だけでなくワインやジュースなど好きな飲料を、4合(720ミリリットル)分入れることができる。木製の樽蓋は最初から割れており、磁石で引っ付けることで何度でも鏡開きを楽しめる。木製の杓(しゃく)と枡(ます)、小槌(こづち)も付属している。

 菰樽に印字されたデザインも約20種類の中から選べる。岸本吉二商店のホームページから注文可能。税抜き7500円。