【視点】中小企業の危機的な人材「四重苦」問題 家族経営の柔軟性で解消を

 
「金の卵」という概念も、昔と変わり始めているようです(鈴木健児撮影・写真と本文は関係ありません)

 少子化で大企業でも大変な時代に、中小企業の人材確保は困難を極める。新卒、中途の採用難に加え、シニア活用ものりしろがなく、離職率も高い四重苦に陥っている。「首都圏の地場スーパーが新規出店を計画したが従業員が集まらなかった」(リクルートワークス研究所)、後継者不在で「黒字状態で廃業した企業が50.5%」(中小企業白書)など会社存続に関わる経営リスクに浮上。国内企業の9割を占め、産業構造の根幹を担う中小の実態に、日本商工会議所の三村明夫会頭は「まさに、ここにある危機」と強い警戒感を示す。(フジサンケイビジネスアイ編集委員・大塚昌吾)

 リクルートワークス研究所の調査では、来春卒予定の中小企業(従業員300人未満)の大卒求人倍率は、過去最高の9.91倍(全体は1.88倍)。2017年度の新卒.中途採用実績比率をみても中途が76.7%と依存度が高いうえ、このうち未経験者が44.1%を占める。「大企業に入れない学生も採用力のある大手のグループ企業に流れ、中小までが行き届かない」(古屋星斗研究員)。

 日商の調査(16年)では7割以上の企業がすでに65歳超まで雇用延長しているほか、政府の雇用動向調査(16年)では離職率も12.6%で大企業を上回り、厳しい実態が伺える。

 この危機的状況をどう打開するか-。「企業の寿命を延ばすのは人材育成。新規採用の心配よりも、今いる社員が辞めないようにしないと」。東京商工会議所が8月に開いたシンポジウムで、慶応大大学院の高橋俊介特任教授は開口一番、こう訴えた。中小ががんばって給与を引き上げても、大企業が就職シーズンに展開する広告戦略や待遇面で太刀打ちできない。それよりも、社員のやる気と能力を高め、生産性向上につなげようというメッセージだ。

 大企業も、動き始めている。65歳定年で会社人生の折り返し点が45歳まで上がり、専門能力の高いミドル、シニア世代の活用が業績を左右するからだ。バブル経済崩壊後の採用抑制で生じた世代間の断絶を補い、後進の育成に当たる人材としての期待も高く、かつてのリストラ対象が今や、現代版「金の卵」と言われる由縁だ。

 働き方改革で先行するオリックスは今年、「FA(フリーエージェント)宣言」で45歳以上の社員がグループ内の希望部署に異動できる人事制度を新設。大和証券も45歳以上を対象に、55歳以降にポイント制で給与に反映されるeラーニングなどによる研修プログラムをスタート。個人顧客担当の営業社員の定年撤廃にも踏み切った。

 離職防止につなげるサービスも、広がっている。ITベンチャーのアルカディア・イーエックス(東京都江東区)は、現場の従業員の悩みや不満、要望を本社が共有するシステムを開発し、飲食、居酒屋、弁当店や衣料品小売りチェーン、介護分野などで導入が進む。槇千亜紀副社長は「人材定着が重要な経営課題であることが浸透してきている」と話す。人材大手のパソナグループも、大学との共同研究で「社員を大切にし、好業績を上げている『良い会社』」をモデル企業として偏差値化し、比較できる「企業の健康診断」事業を立ち上げた。

 日商の三村会頭は「大手も中小も共に栄えなければ生きていけない」と、人材確保に関し、大企業による下請けやサプライチェーンへの支援を求める。業界を越えた転職や再雇用を支援している公益財団法人の産業雇用安定センターも、中小への人材のマッチングを強化しているが、リクルートワークス研究所の古屋氏は「国の支援も、採用支援だけでなく人材育成、定着支援にシフトしていく必要がある」と指摘する。

 女性を積極活用したり、顧問契約で外部の人材を起用する企業も増えている。共通するのは、「社員の定着」を経営としてどれだけ真剣に考えるかだ。人の流れができても、受け入れる器が整っていなければ意味がない。

 働き方の柔軟性は、社員との距離が近く、トップダウンで意思決定できる中小の方が大企業よりも高い。「家族経営」の良さを生かし、対話を通じて人材育成に努めれば、多様化の時代にあって、若手の新規採用にもつながると期待される。