【高論卓説】賃上げ見えず景気拡大にハードル 先の読めない日本経済

 
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 2019年に直面しそうな日本経済のリスクは、足元のマーケットが認識しているよりも深刻な影響を及ぼす可能性がある。個人消費を支える実質賃金は、厚生労働省の不正発覚に伴うデータ補正で大幅に下押しされた。(ロイターニュースエディター・田巻一彦)

 他方、世界経済には不透明感が広がり、日本企業の経営者は今年の春闘での大幅賃上げに早くも抵抗感を示している。政府・日銀が期待する賃上げ起点の景気拡大のハードルは、相当に高そうだ。

 厚労省が発表した修正後の実質賃金は、「春闘の結果」とみられた昨年6月の前年同月比プラス2.5%は2.0%に下方修正され、8月からはマイナス0.9%、9月マイナス0.6%、10月マイナス0.6%と、いずれも前年同月と比べてマイナスに沈んだ。

 実質賃金がマイナスでは、個人消費が拡大するエンジンにはなり得ない。日本銀行の黒田東彦総裁は23日の記者会見で、日本企業の賃上げ率の程度が、過去最高を記録する企業業績や逼迫(ひっぱく)する労働需給などに比べて鈍いとの見方を示した。その上で、今年の春闘の結果に注目していると指摘した。

 だが、企業経営者は、早くも固い防御線を構築し始めたようにみえる。経団連が22日に公表した「経営労働政策特別委員会報告」は、今年の賃上げの具体的数値目標に言及せず、ベースアップについても「選択肢」との表現にとどめた。中長期的な若年層への重点配分など構造的な賃金カーブの是正にも言及し、単純な「賃上げ抑制」とはいえないものの、明らかに大幅な賃上げを牽制(けんせい)するスタンスを打ち出したと思われる。

 この背景には、米中貿易摩擦に代表される「政治リスク」によって、世界貿易が打撃を受け、来年度の業績に暗雲が漂いそうだという経営者の強い懸念がある。実際、中国向け輸出の比重が大きい企業は、業績予想見通しを大幅に下方修正し、対中ビジネス縮小への危機感はじわじわと広がっている。

 仮に19年春闘の実績が、18年だけでなく17年も下回るようなら、実質賃金の前年同月比はマイナス圏で推移する可能性が高くなるだろう。賃金上昇を起点に消費を拡大させ、それが国内の設備投資意欲を刺激し、プラスの循環を生み出そうという政府・日銀のもくろみは、スタート時点から修正を余儀なくされることもあり得る。

 さらに米中摩擦に代表される世界的なリスクが、中国発で広がるようになれば、足元で2.5%成長の路線を維持している米経済にも波及。世界経済の成長率が国際通貨基金(IMF)の19年見通しの3.5%を下回るという事態になれば、輸出企業の業績悪化懸念から日本株の下落を招きかねない。

 外的な環境が大きく悪化した場合は、安倍晋三首相が消費税増税の延期という「カード」を繰り出す可能性もゼロではないだろう。

 変数が多い中で、一つの「解」が見いだせない先の読めない展開が続きそうだ。

【プロフィル】田巻一彦

 たまき・かずひこ ロイターニュースエディター。慶大卒。毎日新聞経済部を経てロイター副編集長、コラムニストからニュースエディター。東京都出身。