日産の電気自動車(EV)リーフのレーシング仕様である「リーフニスモRC」がフルモデルチェンジ、大幅に戦闘力を高めて誕生した。
初代がデビューしたのが2013年。あれから6年間、「リーフニスモRC」の動静が熱く語られることもなく、一時は存在が消え入りそうになっていた。だが、開発は粛々と進められていた。晴れて公の場に姿を現したのが昨年の暮れ。富士スピードウェイだった。そしてついに、僕は試乗の機会を得たのだ。
勝つためのマシン
「リーフニスモRC」は、日産が誇るEVモデル「リーフ」をベースにしている。実際に出場可能なレースがあるわけではなく、独自のワンメイクレースが企画されているわけでもない。あくまでプロモーションの一環である。新型マシンの製作台数はわずか6台。この6台が世界各地でデモンストレーションランを披露し、展示される。「EVの日産」を声高にアピールするための狼煙でしかないのだ。
だがしかし、レースの面影をリーフにのせただけの安易な造り込みではまったくない。今すぐにでも実戦参加できそうな段階まで追い込んでいる。モノコックは東レ製のカーボンモノコックであり、サスペンションはプッシュロッド式である。たとえていえば、ル・マン24時間で総合優勝するマシンと同格の、本格的なレース用レイアウトを採用するのだ。魅せるだけではなく勝つためのマシンなのだ。
バッテリーやドライブトレーンは、市販リーフのパーツを流用するものの、モーターは2基に増やされ、4WD駆動にスイッチ。最大出力は240kW、最大トルク640Nmものパワーを炸裂する。公表されたデータによれば、0-100km/h加速は3.4秒というから、ガソリンエンジン搭載車でいえば、鼻息の荒いスポーティーカーレベルの動力性能を誇る。
鋭い走りに頭がクラクラ
本気度は、コクピットに座った瞬間に伝わってくる。ほとんどの操作系がステアリング内に収まる。着座点は低く、まるで地に腰を下ろしたかのようだ。素人ならば、座っただけで心拍数が上がるだろう。興奮が生き生きと立ち上がる。もしくは恐れおののいて逃げ出したくなるであろうオーラに包まれるのだ。
実際に走らせても刺激は十分だ。電気モーターの常で、初速は驚くほど鋭い。220km/hの最高速度までは一瞬で到達しそうである。頭がクラクラする。コーナリングも桁外れに鋭い。テールスライドに見舞われ、ハッと息を飲む瞬間があったほどである。
とはいうものの、「リーフニスモRC」はEVである。加速とコーナリングは刺激的だが、発進から変速にいたる儀式は無用である。スイッチを入れた瞬間がスタンバイ完了であり、遊園地のゴーカートのようにアクセルペダルを踏み込めば走る。モーターには変速機がないから、シフトアップもダウンもない。アクセルとブレーキの2枚のペダルを操ればそれでいいのだ。それを物足りなさと感じるのか、敷居の低さと思うかは分かれるところ。
将来のモータースポーツを変える?
ゼロエミッションだから、走らせる場所に制約がないことは武器かもしれない。爆音もないから、市街地だって走らせられる。たとえば、ドームの中で走らせることも可能だ。排気ガスに困ることはないし、爆音に耳をふさぐ必要もないのだ。近い将来のモータースポーツの形態を変える可能性を感じるのだ。
「リーフニスモRC」をドライブしたことで、今後のモータースポーツの形態に関する様々な不安と期待が頭を駆け巡った。爆音がなく乗りやすいレーシングカーが、はたして観客のハートを掴むことができるのか。あるいは逆に、環境適合性の高さによって、新たなモータースポーツファンを獲得することができるかもしれない。思考が複雑に絡み合って解けない。
ともあれ、トヨタは2025年には550万台の電気モデルを発売するといい、日産がきたるEV時代を牽引すると積極的だ。EV時代がすぐそこに迫っていることに疑いはない。そしてその時、モータースポーツは存在しているのか消滅しているのか、あるいはまた華々しい時代を迎えているのか。「リーフニスモRC」は水先案内人の役割を持つ。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。