働きながら地球人の日常を調査する「宇宙人ジョーンズ」シリーズのCMでおなじみの缶コーヒーの「BOSS」(ボス)。同じ無糖ブラックコーヒーでも、BOSSシリーズにはペットボトルの「クラフトボス」や「ボス ホームカフェ」もあり、缶コーヒーと味わいや香りに違いがあるという。眠気覚ましに濃いブラックを飲むなら小さな缶の「ボス無糖ブラック」か、といえば、さにあらず。意外なことに、大容量の「クラフトボス ブラック」や「ボス ホームカフェ無糖」の方が濃いというのだ。なぜ内容量の多いコーヒーの方が濃いのか。
「BLACK」のロゴが目立つ理由
仕事で疲れた体に濃いコーヒーを流し込み、自動販売機の前で一息つく。缶コーヒーにはそんなイメージがある。185ミリリットルの缶コーヒー「ボス無糖ブラック」のパッケージには「BLACK」の大きな文字が躍る。ブランド名の「BOSS」よりもはるかに目立ち、いかにも濃いブラックコーヒーという印象だ。
「それが、実はいちばんライトな味わいなのです。『BLACK』のロゴを大きくしたのは、『ブラックコーヒーを飲んでいるんだ』という(消費者の)気持ちを満たすためでした」
サントリー食品インターナショナルのブランド開発事業部で課長を務める大塚匠さん(39)が明かす。ペットボトルの「クラフトボス ブラック」の内容量は500ミリリットル。缶の「ボス無糖ブラック」より約2.7倍も多い。にもかかわらず、クラフトボスの方が濃いというのは、にわかに信じがたいが、大塚さんは「ショート缶は1日に2、3本飲む人が多いので、飲み飽きない味わいしています。『濃くて苦い方が良い』というのは建前で、本当は濃いコーヒーが苦手な人が多いのではないかと思っています」と説明する。
製法にこだわって「深煎り・荒挽き・雑味なし」を実現したという「ボス無糖ブラック」は確かに飲みやすい。とはいえ、「いちばんライトな味わい」だったとは…。大きく目立つ「BLACK」のロゴが、「ブラックを飲んでいるんだ」という自尊心にも似た感情をひそかにカバーする効果もあったことに驚いた。
見た目で言えば、「ライト」な印象を受けるのは「クラフトボス」の方だろう。IT化が進んだことで労働環境が変化し、デスクワークが中心となったことで2017年に登場したペットボトルコーヒーだ。お茶や水の代わりとして、オフィスなどで少しずつ時間をかけて飲むスタイル「ちびだら飲み」のニーズにはまり、ヒット商品になった。
「クラフトボスは1日1本飲めば十分な量です。ショート缶よりも濃いのですが、『香りはほしいけど苦みはいらない』というニーズに着目し、体感としては飲みやすい部類に入ります」
仕事を終えた一服に飲み干すのが缶コーヒーなら、「ちびちびだらだら」と飲むのがペットボトルコーヒーということらしい。
ちなみに、クラフトボスよりも濃いブラックコーヒーが、2リットルの大容量ペットボトルに入った「ボス ホームカフェ無糖」。新型コロナウイルス感染拡大の影響でテレワークが普及し、“イエナカ”で気軽に楽しめるアイスコーヒーとして、4月13日から全国で発売される新商品だ。グラスに氷を入れたり、牛乳と割ったりして飲むことを考え、さらに濃い味わいになっているという。
つまり、BOSSシリーズの無糖コーヒーは、濃縮タイプの商品を除き、内容量が増えれば増えるほど濃くなっているわけだ。
トラック運転手に“夜討ち朝駆け”
BOSSが誕生したのは1992年8月。バブル経済が崩壊して間もなく、日本が大きな転換期を迎えた頃だった。米スペースシャトル「エンデバー」が打ち上げられ、毛利衛さんが日本人初の宇宙飛行士になったほか、バルセロナ五輪(スペイン)で当時14歳だった岩崎恭子選手が競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した年である。
それから29年間、世代を超えてこれまで愛されてきた理由の一つに、巧みなブランド戦略がある。
コンセプトは「働く人の相棒」。大塚さんは一昨年、青森の漁港を訪ねると、自販機の前で一日中立っていた。そうして、BOSSの缶コーヒーを購入した長距離トラックの運転手に「サントリーの缶コーヒーを作っているんです。なんでコーヒーを買われたのですか」と声をかけたという。
近くのスナックに案内され、飲みながら苦労話に耳を傾けることもあった。寒風吹きすさぶ中、外で仕事を続ける人がいる。夜通しトラックを運転する人もいる。いわば、開発担当者による消費者への“夜討ち朝駆け”だ。
「BOSSを飲んでくださる人たちと一緒に働く。その人たちに添い遂げる覚悟はあるか。そこまで思いを馳せて仕事ができなければ、『相棒』とは言えないのではないか。お客さまの信頼を得ながら、関係性を築いていく。脈々と受け継がれてきた伝統です」と大塚さんは力説する。
働く人の声を知らずして、働く人を支える商品はできないとの強い思いが、開発担当者を青森の漁港へといざなったのだろう。
大塚さんは「美味しくなければいけないのは当然ですが、味が美味しいだけでは売れません。雰囲気を作っていくことが大切だと考えています。その空気を商品にどうまとわせるか。パッケージデザイン、ブランドをすごく大事にしています」と強調する。
ハリウッド俳優のトミー・リー・ジョーンズが扮(ふん)する「宇宙人ジョーンズ」のテレビCMシリーズが人気だが、昔からBOSSは広告戦略に長(た)けていた印象がある。1999年、缶コーヒー「ボス」に付いている応募シールを集めて、はがきを出した人の中から抽選で2万人にオリジナルの携帯電話「ボス電」をプレゼントするキャンペーンを実施したところ、約522万通もの応募が寄せられた。一つの社会現象にもなったほどだった。
こだわり抜いた特殊製法
BOSSの中身もパッケージも時代に合わせて“進化”を遂げてきた。発売5年目を迎えるクラフトボスのコーヒーシリーズは今月23日、ペットボトルのデザインを大幅に刷新する。ラベルを小さくした代わりに、アンティークのガラス瓶のように、ボコボコした「エンボス加工」を増やし、手になじみやすいスリムなボトルに生まれ変わる。すっきりと飲めるのにドリップコーヒーのコクもある。トレードオフの関係にありそうな課題を克服し、満足感を得られるコーヒーになったという。
「海老名(神奈川県)にコーヒー豆の焙煎専用工場もあります。コーヒーショップで飲むような、香りの高いブラックを実現する工夫をしています」
大塚さんがこう胸を張る工場には、イタリア製の高機能焙煎機が導入され、30万通りの香味が作れるようになったという。一般的にコーヒーは濃縮工程で熱をかけると香りも飛んでしまうが、繊細な温度制御も可能に。昨年3月に発売された濃縮タイプの「カフェベース 無糖」は、「コーヒーでコーヒーを淹(い)れる」という特殊な製法で、より香りを引き立てることに成功したという。
とある惑星から地球調査のために派遣されてきた宇宙人ジョーンズが、職を転々としながら地球人の日常を調査していくというBOSSの人気CM。
「広大な宇宙の中では、この地球はちっぽけで、毎日ろくでもないことばかりが起きているように思えるけれど、でもよく見れば毎日懸命に働いて頑張っている人たちがいる」。調査活動を通じて働く人たちの生活に溶け込む宇宙人ジョーンズの姿と、「人生の相棒となるような缶コーヒー」を目指して“働く人”に寄り添うBOSS開発陣の姿が重なる。普段何気なく口にしているBOSSのコーヒー。そこには、宇宙人ジョーンズならずとも、「この惑星の飲料メーカーは…」と唸(うな)りたくなる味わい深いドラマがあった。(「飲んでみると普通のビール」サントリーは糖質ゼロにも挑戦)