新型コロナウイルスは世界を混乱の渦に巻き込んだ。対応が遅れた日本もようやく落ち着きを取り戻しているとはいえ、第5波が収束の兆しを見せているだけでまだ安心してはいられない。もし第6波が訪れたら、重症患者を安心して診ることができる医療体制はまだ整っていないのだ。日本にも医療崩壊が起こった。コロナ陽性患者の受け入れ先が手配できず、救急車での搬送も滞った。あの悪夢が繰り返される可能性があると思うと、まだまだ安心できない日々は続く。
車両には「CX-8」を採用
そんな医療体制の一助になるであろうクルマが開発された。マツダが開発した「新型コロナウイルス感染症軽症患者等向け搬送車両」と名付けられたそれは、その名の通り軽症患者を医療施設に運ぶために開発された特殊車両だ。
発端は広島県からの依頼である。コロナウイルスが全国的に広がり始めた頃、サポートの相談がマツダに届いた。当時は緊急事態宣言1回目のタイミングである。陽性患者を緊急搬送する体制に不安を抱えていた行政からの依頼に対応したことがはじまりだった。
車両はマツダ最大の3列シートを備える「CX-8」である。特徴は車内の隔壁にある。くしゃみや咳などによる飛沫をガードするために、運転席と助手席のある1列目と2列目以降の後席を分離する。しかも、前席と後席に圧力差を発生させることで、後席の空気が前席に流れ込みづらい構造にしているのだ。
運転席には差圧計がある。全ての窓を閉め、エアコンディショナーの風圧を2以上にセット。外気導入モードに固定することで、前席にはプラスの陽圧が発生。前席の圧力が高まり、後席からの流入が防げるという理屈である。
後席からのウイルスの流出をシャットアウト
さらに後席には、マイナスの陰圧を保つようべンチレーションを組み込んでいる。ラゲッジルーム側面に設置したフロアファンが車内の空気を強制排出。「HEPA」(High Efficiency Particulate Air)と呼ばれるフィルターを通して吐き出す仕組みになっている。つまり、ドライバーが座る前席から陽性患者が乗る後席には空気が流れるが、逆流はしない。むしろ陽性患者が撒いたウイルスは、フィルターで濾した後に排出されることになる。ドライバーも安心して患者を搬送できるわけだ。
後席は消毒しやすいPVCシートカバーがかけられており、床は清掃がしやすいオールウェザーマットが敷かれている。さらに前席と後席の会話が成立しやすくするために、ハンズフリーの通話システムも備わる。コロナ患者は肺を患っている可能性が高く、会話が聞き取りづらい。しかも運転席と後席は隔壁で隔てられている。そのための配慮である。
もともとマツダは、地域医療に積極的な社風で知られる。広島本社はマツダ病院に隣接しており、早くから感染予防シートの設置や、マスクやフェイスシールドを製作している。この搬送車両も開発がスタートしてから3カ月という短い期間でで初号機が完成した。医療関係者や罹患者からのヒヤリングを繰り返し、広島県と山口県の地方自治体に納入を開始。今ではマツダの特装車として全国で取り扱いを開始している。
運転した印象はごく自然なものだ。唯一の弊害は、前後との境に隔壁があるために、全席のシートスライドが制約されることぐらいであろう。搬送の緊急性を考えれば無視できるほど些細なことだ。
マツダが率先して新型コロナウイルスに対峙し、医療体制を支えてくれていることが誇らしい。